望遠鏡でキミを見る
島波あずき
第1話「夜空に輝く一番星みたいに」
「あのー……」
授業が終わり息抜きをしていると、一人の女子生徒が控えめな感じでやってきた。
「あれ、どうしたの? 忘れ物?」
私はとある公立高校で音楽の先生をしている。そしてこの子は教え子である
「いや、忘れ物じゃなくて……その、お願いが」
奏さんは比較的静かなタイプで、あまり話す感じではない。そんな彼女がお願いをしにやってきたのだ。
「いいよ。何でも言ってね」
「そ、それじゃあ──」
すると奏さんは大きな声で言った。
「私に歌を教えてください!!」
同時に頭も下げてきた。
「歌を、教えてほしいの?」
「……はい」
予想外の言葉に思わず呆然としてしまった。少なくとも先生という立場から見た奏さんは歌を好むタイプには見えない。
「いいよ、別に。今度歌のテストあるから、その対策みたいな練習で──」
「違うんです」
ポツリと一言。
「……違う?」
「私は、本気で上手くなりたいんです!!」
いきなりの大きな声に思わず驚いたが、すぐに気づいた。奏さんの手は震えている。
「……」
さすがにこれで詳しく話を聞かないわけにもいかないので、とりあえず椅子に座るよう促した。そして深呼吸をするように言うと、力も抜けて少し落ち着いたように見えた。そして奏さんは口を開く。
「私、アイドルになりたいんです」
「へぇーアイドルね。……アイドル!?」
さすがに予想外すぎて、思ったより声が出てしまった。
「ただ人と関わるのは苦手なので、ソロアイドルとか……」
「し、しかもソロアイドル……」
ソロアイドルはその名の通り、一人でやるアイドルのことだ。にしてもソロアイドルなんて単語久しぶりに聞いたな。それこそ十数年前まではいたけれど、今ではほとんどいないしソロアイドルという言葉すら聞くことがなくなった。
「えっと、ちなみになんでアイドルになりたいの?」
「……私、中学の頃不登校だったんです。ずっと部屋に引きこもって、本当に何もしてませんでした。でもある時動画投稿サイトを見てたら、たまたまVTuberさんの歌が流れてきたんです。その歌を聞いた瞬間、今まで感じたことのない衝撃を受けました」
私もVTuberの歌はたまに聞く。なかには嫉妬してしまうくらい本当に上手い人だっている。その才能を分けてほしいと何回思ったことか。
「その歌は『誰でも星にみたいに輝けるんだよ』っていうことを優しく教えてくれたんです。それがきっかけで頑張ってみようって思って、学校にも行くようになりました。だから──」
思えばその時、奏さんの目は星のように輝いていた。
「私は、私を導いてくれたあのVTuberさんみたいになりたい!! 不登校の私が歌で救われたように私も誰かを歌で救いたいんです!! 過酷な道だっていうのは分かってます。私より上手い人がたくさんいるっていうのも分かってます。それでも……歌にかける想いは誰にも負けません!! 辛くても、泣きそうになっても、絶対に諦めません!! お願いします、私に歌を教えてくださいっ!!」
そして深々とお辞儀をする奏さん。
「……っ」
そうかこの子は本気なんだ。さっきまで私は『歌に興味があるから教えてくれ』レベルのことかと思っていたけれど、どうやらそうじゃない。きっと奏さんが目指しているのは誰もが一度は憧れる、そんな存在なのだろう。
「……」
でも無理だ。仮に協力する場合、奏さんがこれだけの想いをかけているということは、それに匹敵する熱量で私も取り組まないといけない。でも私は教師だ。あまり時間を使ってあげられない。これじゃあ、逆に奏さんを悪い方向に導いてしまう。だから心の中では断ろうと決めている。でもあの本気の言葉を聞いてしまったら、そう簡単に断れない。だからこうする。
「歌を聴かせてほしい」
「え、」
「正直悩んでる。私だってプロじゃないし、仮に協力するとしても奏さんが望んでいることをしてあげられるか分からない。だから一度歌を聴かせてほしい。もしその歌を聞いて私が『奏さんに人生を賭けていい』って思えたら全力でサポートすることにする。どうかな?」
「も、もちろんです。やってみます」
無理だ。そもそも奏さんは歌い方を教えてほしくてここに来ているんだ。そんな未熟な状態で『人生を賭けてもいい』と思えるほどの歌を歌える訳が無い。そう、これは諦めさせる手段だ。これが終わったら「やっぱ教えられない」と言って終わり……。
なんかことごとく思う。私って本当に悪い大人だ。チャンスがあるような言い方をしておいて絶対に無理なことを要求する。正直、もう結果は決まって──
【数ある星の中で】
──っ!!
【一番輝いてた】
私は甘く見ていたのかもしれない。奏さんが歌にかける想いの強さを──
それからのことはもう覚えていない。気づいたら歌は終わっていた。最初の歌声で私は今まで感じたことのない衝撃を味わったんだ。
正直に言うと奏さんの歌は下手だった。このままだとアイドルは確実に無理と断言できるほどだ。でも大事なのはそこじゃない。奏さんの声だ。低音から高音まで完璧にハマるその声。それは技術じゃない。奏さんが元々持っている声。それがなりより輝いていた。
「ど、どうでしたか?」
私はどうかしている。人生は一度きりで過去の選択を変えることはできない。
そう、私は後悔しているんだ。奏さんの歌を聴いてしまったことに。
「……エジソンって知ってる?」
「エ、エジソン? もちろん知ってます」
「そのエジソンの言葉で『天才は1%のひらめきと99%の努力である』っていうのがあるんだよね。そしてその言葉が変化して広まったのが『天才は1%の才能と99%の努力である』っていう言葉。この言葉が意味すること、分かる?」
奏さんは少し考えて言った。
「才能がなくても努力すればなんとかなる、とかですか?」
「そう思うよね。でも違う解釈の仕方もある。たとえ99%くらい必死に努力したとしても、たった1%の才能がないだけで100%にはならない。そして奏さんが今、目指してるところは100%じゃないとダメな世界。1%の才能がないと輝けない世界なんだよ」
「そう、ですか……」
奏さんの歌声を聞いた瞬間思った。どうしてそんなに良い声を持っているのか。どうやったらその声を出すことができるのか。不思議で仕方なかった。でも気付いたんだ。それは努力でなんとかなるものじゃない。それを例えるなら『秘めていた可能性』とか『誰にも真似できない輝き』だ。そう、それが──
「でも今の歌を聴いて確信した。奏さん、あなたにはその1%の才能がある!」
──才能だ。
「──っ!!」
「だから必要なのは努力だけだよ。どれだけ時間がかかるか分からない。どれだけ辛いことがあるか分からない。でもそれを乗り越えれば奏さんは確実に輝ける! どんなアイドルにだってなれるはずだよ!」
「先生っ……!!」
「だから私が全力でサポートする!! 人生をかけて奏さんを最高のアイドルにする!! 奏さんの歌声は世界一だって言えるような、そんなアイドルにしてあげる!!」
奏さん。あなたの才能と、その誰にも負けない想いがあれば──
「本当にっ!! ありがとうございます!!」
どこへだって行けるし、どこにいたって輝けるよ。
夜空に輝く一番星みたいに。
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