配線

つむぎとおじさん

全1話

 ぼくたちがここにやって来たのは、御堂さまがどれほど素晴らしい方であるかを皆さまに知っていただくためです。


 思えばぼくたちは底辺を這いずり回るダメ人間でした。社会の敗残者でした。パチンコに明け暮れ、安酒を朝から浴びるように飲み、やがて犯罪に手を染めるしかない瀬戸際でした。


 そんな絶望の淵でぼくたちに救いの手を差し伸べてくださったのが、御堂さまです。「人生をやり直せる働き口がある」とおっしゃって、ぼくたちをある山奥の施設へ連れていってくださいました。「ある」と申し上げたのは、御堂様が「よけいな心配をせずにすむように」移動中ずっとアイマスクを装着してくださったためです。


 実は、その頃のことはあまり鮮明に覚えていません。たぶん今と同じで、穴を掘ったり、鉄の棒を運んだりしていたのでしょう。こんなに世の中のためになることをさせていただいているにもかかわらず、今から思えば不思議でならないのですが、なぜか夜中に逃げ出したくなった気がします。おそらく実際に逃亡を試みたのでしょう。


 もちろん、ぼくは途中で「保護」していただきました。

 連れ戻される途中、保安係の方々が次々に「教育的指導」をくださり、ほんとうに感謝しかありません。


 その後、御堂さまはぼくを個室に呼んで、懇々と諭してくださいました。

 やがて御堂さまは「これにサインすれば全てが楽になる」と一枚の書類を取り出しました。

 なんか細かい字がびっしりと書いてあって、まったく読む気もおこりませんでしたが、「楽になれる」という言葉に導かれてサインしました。上のほうにはアナトミ? サケトミ? ロボトミ? なんかそんなことが書いてあった気がします。


 それからぼくは緑色の部屋に連れていかれ、目覚めた時には、世界の見え方が一変していたのです!

 まるで天国に住んでいるような、至福の感覚に包まれていました。


 それからというもの、働くことが生きがいになりました。指の2,3本くらいなら折れても痛みを感じない身体に生まれ変わり、感謝の念で胸がいっぱいです。


 御堂さまもどんどん出世されたそうで、このたび社長さまのご令嬢である優美子さまとご結婚されるとのこと。本当におめでとうございます!(『おめでとうございます!』と後ろに整列した数十人が満面の笑顔で復唱)


 えーと、これは内緒だと言われたのですが……こんなおめでたい席なので言っちゃおうかな。言っちゃいますね。


 先日、御堂さまはぼくにパンチやキックをくださりながら、このように打ち明けてくださいました。「今度オレの嫁になるヤツも、新婚旅行のかえりに頭蓋骨カパーやって、お前らみたいにしてやろうと思ってよ」と。


 御堂優美子さま、素晴らしい旦那さまとめぐりあうことができて本当におめでとうございます!(『おめでとうございます!』)


 ちょっと早いですが……天国の日々へようこそ!(『ようこそ!』)


 以上でスピーチを終えさせていただきます。

“モジュール”代表、Fの3号でした! (後ろに整列した数十人のみ拍手)


(おわり)

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