ひなまつりの終わり

のっとん

ひなまつり

今日は3月4日、ひなまつりをここで過ごしたのは何年目かしら。


ぽ、ろん。ぽろろ、んぽろん。


またオルゴールね。

隣とはいえ、壁が薄いから筒抜けなのよね。

音程と、あとは日付から想像するに「たのしいひなまつり」かしら。

ただ、リズムはむちゃくちゃね。ぜんまいが弱ってるんじゃないかしら。


そこまで考えて、ひとつ溜息を吐いた。


まあ、無理もないわね。

長い間放置されているし、気持ちが弱るのもよく分かるわ。

・・・・・・というか、そろそろ止めなさいよ。

急に鳴り出したらあの子がびっくりしちゃうじゃない。


注意深く階下に耳を澄ませてみる。あの子の声は聞こえてこない。

夜も遅い為、すでに眠っているのかもしれない。

ほっと胸をなでおろしつつ、壁越しに音の出どころを睨みつける。


ほんっと、自分が出す音の大きさを考えないんだから。

あの子の安眠の邪魔になっていたら、ただじゃおかないんだから。


腹立ちまぎれに身をよじると、耳元で包装紙がカサカサと鳴った。

この紙もいつからここにあるのか分からない。

最近ではあまり考えないようにしていた。


虫が湧いてないといいけど。

防虫剤ってどれくらい効果があるのかしら?

1年程度ならとっくの昔に終わっているわね。


服の裾を確認しようとするも、視界は白一色だ。


んもう。この袋、本当に邪魔ね。なんにも見えないわ。

髪が乱れないようにって気遣いでしょうけど・・・・・・。

ここ何年も人前に出てないんですもの。乱れていたって誰も気づかないじゃないの。


袋を外そうと身をよじってみると、耳元でまた包装紙がカサカサと鳴った。

と、同時に階下から何かが歩いている音がした。


猫だわ。


身じろぎ一つせず、階下へ意識を集中させる。

互いに互いのことは見えないはずだ。

しかしあの大きな瞳がこちらを向いている様子が、ひしひしと伝わって来る。


あっちに行きなさいよ。ほら!

だいたいあんたが来たから、私たちも出してもらえないのよ。


心の中でしっしっと手を払う。

しばらく無言の攻防が続いた後、猫が遠ざかって行く音がした。

ほっと胸をなでおろす。


別にいいのよ。

猫だろうが、なんだろうが、あの子が幸せならそれでいいの。

だって、私たち雛人形の願いはそれだけですもの。

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