第15話 未来への一歩

 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、千尋のまぶたを優しく照らしていた。


 ゆっくりと目を開ける。


 昨日まで感じていた、玲の淡い気配がもうどこにもないことに気づいた。

 夢の中で最後に見た彼の微笑みを思い出しながら、千尋はそっと目を閉じ、深く息を吸い込む。


 「……玲、ありがとう。」


 彼が消えたことは、寂しくないと言えば嘘になる。でも、それは決して喪失ではなく、新しい自分に生まれ変わるための大切な別れだった。


 千尋はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。窓の外には、昨日と変わらぬ街並みが広がっている。けれど、自分の中で何かが確かに変わったことを感じていた。




 仕事帰り、千尋は悠人と待ち合わせをしていた。


 彼とはここ最近、よく食事に行くようになっていたが、以前のように無理をすることはなくなった。

 彼の前では素直に「疲れた」と言えるし、何も気を張らずにいられる。


 「千尋、最近すごく表情が柔らかくなったね。」


 悠人が微笑みながらそう言った。


 「……そうかな?」


 「うん。前よりもずっと、自分を大切にしている感じがするよ。」


 その言葉に、千尋は少しだけ驚いた。


 確かに、以前の自分なら、疲れていても「大丈夫」と無理をしていた。でも今は、無理をしないことを「甘え」だとは思わなくなった。


 「千尋、これから先、どんな風に生きていきたい?」


 悠人の問いかけに、千尋はゆっくりと息を吐き出す。


 「……自分の幸せを大切にして、生きていきたい。」


 玲がそばにいた頃、千尋は「休むこと」「自分を労わること」を知った。


 でも、今はそれだけじゃない。


 ——「今度こそ、自分のために生きていこう。」


 その決意を胸に、千尋は悠人と並んで歩き出した。


 夜風が頬を撫で、遠くで誰かの笑い声が響く。


 新しい人生の幕開けを感じながら、千尋は静かに、そして力強く前を向いた。

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わたしの恋人は病気でした まさか からだ @panndamann74

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