推しVの裏側が尊すぎてしんどい

らまや

推しVの裏側が尊すぎてしんどい

 私には推しがいない。


 というか、「推し」が何なのかよくわかっていない。


 最近若者の間で流行っている「推し」の存在。若者たちは、推しに全てを捧げ、推しに全力で愛を伝える。


「推し」ってそんなに特別なものなの?


 私にも好きなアーティストとか、よく見るグループとかはいるけど、胸を張って「推しです!」とは言えない。


 だって、彼らに貢ぎたいとも、毎日ずっと彼らのことを考えていたいとも思わないから。


 自分は何が好きなのか、何に興味を持つのか、何になら全てを捧げようと思えるのか。何もわかっていない。


 私って、つまらない人間なんだな。


 だからかな、みんなが楽しそうに推し活しているのを見ると、少しだけ羨ましくなる。


 はぁ……私もみんなみたいにキラキラした「推し活」やってみたいな。






 推し活をしてみたいと思うようになってから、暇さえあればSNSをチェックするようになった。「この人だ!」って思える人を探している。


 友達にも、いろんな人、キャラを紹介してもらった。だけど、心動かされるような存在には出会えていない。


 やっぱり私には推し活なんて無理なのかな……。


 自分自身に軽く絶望していたある日。


 いつも通りYouTubeをチェックしていたら、おすすめにとあるVTuberが表示されていた。


 紫吹ルカ。


 うーん名前が読めない。自分の馬鹿さにも嫌気が差す。


 見た目は全体的に落ち着いていて、モチーフカラーが青という印象だ。目は切れ長で二重。世間一般ではイケメンと呼ばれる類のビジュだろう。


 せっかくおすすめに出てきたんだし、少し見てみるか。


 チャンネル登録者は1000人弱。配信メインのようで、投稿されている動画は少ない。そして、どのタイトルにも【クール系VTuber】と記載されている。なるほど、かっこいい感じの配信者なんだな。


 にしても、「クール系」をやたらと強調している人だな。そんなに自信があるのか?


 不思議と彼に心を惹かれた私は、彼の他のSNSアカウントを見つけ、今日の夜配信があることを知った。


 あと2時間か……待ってみるか。




 紫吹ルカの配信が始まった。


 ちゃんと配信を見るのは初めてだから、妙に緊張していた。彼はどんな人なんだろう。果たして「推し」という存在になるのだろうか。


「──ぁ、聞こえるかな」


 お、始まった。


──聞こえるよ!


──ルカくんこんばんは〜


──待ってました!


 コメント欄が少しずつ賑やかになっている。みんな、この人を推している人たちなのかな。


「お、聞こえてるみたいだな。そんじゃ、配信始めます。初見さんは初めまして。個人VTuberの紫吹しぶきルカっていいます。名前だけでも覚えてもらえると嬉しいです。あわよくば、チャンネル登録とか高評価とかしてもらえると嬉しい」


 しぶきるか……。なるほど、自己紹介してもらえてよかった。


「今日は……うーん、まぁ、適当に雑談でもするか」


 低くて落ち着いた声。余裕たっぷりな話し方。確かに、“クール系VTuber” の肩書きにふさわしいかも。


──いや適当すぎるw


──それでも配信者かw


──ルカくん今日何してたの〜?


「いいだろ別に何しても。今日は朝から忙しかったんだ許せ。……っていうのは嘘ですすんませんさっきまで寝てました」


 急に早口トーク。危ね、聞き逃すところだった。彼の滑舌がいいお陰でなんとか聞き取れたよ。


 ……クールだなとは思ってたけど、リスナーとのやりとりは意外とフランクなんだな。親しみやすさがあるというか。


──素直でよろしい


──昼夜逆転…ライバーの鑑だ


──いっぱい寝れたね〜


「……まぁ、夜はこれからだし、なんとかなるだろ。みんなはこの配信終わったらちゃんと寝ろよ。俺を反面教師にしな」


 ふふ、こんなこと言う人いるんだ。なんか、面白い。


 最初は少しだけ覗くつもりだったけど、とりあえず最後まで配信を見てみることにした。




 数時間後。


「──お、いい時間だしそろそろ終わるか。チャンネル登録と高評価まだの人は、ぜひ押していってくれ。よろしくな。んじゃ、お疲れ。早く寝て、いい夢見ろよ」


 お、最後まで見終わった。


 結論としては、かっこよくて面白い人だった。まずは、声が低音イケボでいい。ずっと聞いてると、心地よくなった。そして、トーク力がある。リスナーのコメントを上手い具合に拾いながら、みんなが飽きないよういろいろな話を展開していた。そのお陰で、初見の私でも聞くのに夢中になれた。なるほど、クール系に加えて知的なところも魅力的なのか。


 でも、推しになるかはまだわからない。


 もしかしたら、今日の私が夢中になっていただけで、明日の自分はそうでもないかもしれない。


 彼に貢ぎたい。彼のことをずっと考えていたい。そんな風に思う自分が想像できない。


 うーん、やっぱり推しを見つけるのは私にとって難しいのかな……。


「──ぉ」


 ……ん? 今、何か聞こえた?


──お、始まった!


──待ってました〜!


──今日も安定に切り忘れてるw


 あれ、コメントの流れる速さがさっきより速い……??


 ってか、どういうこと!? 配信終わったんじゃないの?


「──って。──ぃ」


 なんか言ってる。よく聞こえないな。マイクから離れてるところで喋ってるのかな?


「──ぅり! ──ぅな!」


──なんて言ってんのw


──叫んでる?


──もっとこっち側来て


 コメント欄もざわざわしてる。一体何が……。


「──無理! ホントに来るな!」


 ?????


「あああマジで無理だって! 早く外行け虫!」


 ……?


「うわっ、手に止まるなあああ!」


──あ、虫ねw


──何事かと思ったw


──虫にビビってるのかわいいね〜w


 突然の出来事に、私の頭はパンクしそうだった。


 え、この声、さっきまで配信してた彼と同じもの? 同一人物?


 配信ではクールでイケボで落ち着いていた彼。


 一方、今聞こえてくるのはなんとも情けない悲鳴。


 あまりにも別人すぎて、脳がバグっている。


 え、リスナーさんにとっては日常茶飯事レベル? 随分と慣れていらっしゃる。


「──っはあ! やっと追い出せた。ったく、無駄な体力使った……ん?」


 あれ、声が段々近づいてきた。


「っあぁぁぁ! また配信切り忘れてる! 最悪!」


 ここでやっと本人も気づいたようだ。めっちゃ慌ててる。


「みんなごめん、今日の俺の醜態は忘れてほしい。頼む。じゃ、これで! バイバイ!」


 早口で捲し立てた後、今度こそ配信が終了した。




 しばらく経った後。


「……ふっ、ふふ、あははははは!」


 故障したロボットのように、私はずっと笑った。


 いや、待って……。ギャップありすぎでしょ……!


 あの知的でクールVTuberが、虫にビビって絶叫? しかも、手に止まっただけであんな取り乱すとか、そんなの……ずるいよ。


「どうしよ……可愛すぎる」


 彼のことが──紫吹ルカという人間のことがどうしても気になってしまう。


 もっと彼のことが知りたい。


 もっと彼の配信が見たい。


 そして──次も彼のギャップを見届けたい!


 ……あ、これが「推し」ってこと?


 なんとなく、腑に落ちた。


 難しく考えなくてもよかったんだ。推しは作ろうとしてできるものじゃなくて、気づいたら推しになっているんだ。


 胸のつっかえが取れた気がして、少し晴れやかな気持ちになったのと同時に、私の目には涙が浮かんでいた。




 さて、まずは推しができたことを友達に知らせないと。ずっと見守ってきてくれてたし。


 そんで、ルカくんの情報収集をしないと。次の配信はいつかな。どんな配信をするのかな。次もギャップ萌えは見れるかな。


 あぁ楽しみ!

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