雛と蛇

深川夏眠

雛と蛇


 一人暮らしを始めるので荷物をまとめ、引っ越した。力仕事は概ね父が受け持った。

「この箱は……」

 開けてみると母が買ってくれたお内裏様とお雛様だけのが現れた。せっかくだから飾っておこうかとめつすがめつしていて、かきつけを収めたケースに寺社のお守りでも入っていそうな黄ばんだ紙袋が添えられているのに気づいた。出てきたのは天然石の破片らしく、ある種の巻貝や飴玉を連想させる円錐形で、色はピンクとグリーンのまだら

 即座に食い意地が発動し、

「お花見団子か桜餅でも食べたいな。でも、これ、何なの?」

「多分、ユナカイトっていう天然石」

 検索してみた。

「なるほど。きれいね。どうしてここに?」

「うん……」


                  *


 おまえが生まれる前に亡くなったおさん、つまりパパの父親の実家では桃の節句に親類が集まって宴会を催すのが慣わしだった。赤ちゃんから小学校六年生くらいまでの女の子を主役にして。さすがに中学生にもなると、そんな身内のイベントには顔を出さなくなるからね。

 パパが三歳のときだった。子供たちが他の用事や風邪などのために来られなくなって、その雛祭りの日、幼児はパパと五歳になるAちゃんしかいなかった。Aちゃん一人を主役に据えれば充分だったはずだが、二人をびなびなに見立てて酔漢どもが盛んに囃し立てた。

 天気がよくて暖かかったので、庭でだてが行われた。そこへ予め手配されたゲストだったか、偶然、屋敷の傍を通りかかったのか、かどづけの芸人さんがやって来た。演奏者と踊り手による三人組のチームだった。三味線と太鼓――小型の和太鼓にストラップを付けて肩から提げている、うん、そう、担ぎ桶太鼓と呼ぶんだね。そして、蛇使いの青年。Aちゃんは怖がって泣き、お母さんに連れられ、母屋へ引き上げてしまった。

 パパは好奇心が勝り、半裸で薄物の被衣かつぎまとって舞う青年の優美な姿を、まばたきもせずに見つめていた。付かず離れず身をくねらせる白蛇はアオダイショウの色素が抜けて白化したものか、身の丈は一メートルばかりだったかな。そいつがパパの前にスルスルッと進み出るや口を開いて鉱物を吐き出した。桃の花と葉をちりばめたみたいなの塊を。ゴルフボールくらいの大きさだった。

 お手伝いさんが手桶を運んでくると、三味線奏者がばちを置き、柄杓で水を掬って、青年のたなごころもろともを思わせるつや、いや、ぬめりを感じさせる斑紋の石を清めた。青年は、うっすら汗ばんだ肌を光らせ、上気した頬に笑みを浮かべて、それを差し出した。

「縁起物です。願い事が叶うたびに割れ、欠けて、小さくなっていきます」


                  *


「学生時代にママと結婚したいと思って、念を込めた。社会人になって実現した。おまえも生まれたし、幸せだった。まさか病気で呆気なく別れる羽目になるとは考えもしなかった」

 父は自身の手のひらに視線を落とし、

「もう元の十分の一以下だな。他にどんなことを願って、これっぱかしの残りかすになってしまったかは言いたくない」

 私は石を摘み上げた。とぐろを巻いた蛇の形に見えなくもなかった。

「後はおまえの分だ。少ないけれど、誰かを幸せにするために使いなさい」


                 【了】



*2025年3月書き下ろし。

by Midjourney⇒ https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/Dq7Tu6aM

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雛と蛇 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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