第26話 甘王笑住の心配事(3)

 菜花との通話が数分経過する。


『それで、いっちゃんたらね――』


 笑住は、菜花が次に告げる言葉を心の中で重ねる。


(きのこ組の手人形パペット見ていたら、キノコが食べたくなった)


『――とか言うんだよ?』


 笑住はこの話を姉の苺から数分前に聞いたばかりである。


『おかしいって総突っ込みされて、ムッとした顔で「水族館を回った最後に魚食べたくなるでしょう?」って。もう、おかしくて可愛くて』


 クスクスと喉を転がす菜花に笑住は『お姉ちゃんらしいじゃん』と、欠伸を噛み殺しながら答えた。


『応募するキノコ料理の方向性も見えたーとかで、今度いっちゃんがね――』


 ダラダラと話が継続される、そんな雰囲気を察した笑住は菜花へ切り込む。


『なの姉、凄くご機嫌だね。何か特別いいことあった?』


 一呼吸の間が空いた後、落ち着いた声が笑住の耳に届く。


『大船駅に着いてからの帰り道でいっちゃんに聞いてみたの』


『なんて?』


『例えば……苦い事実を告げられたらどうするって』


 笑住は瞼を開く。


『お姉ちゃんはなんて?』


『言わないことで菜花ちゃんが苦しいなら教えてほしいって』


『お姉ちゃんの返事を聞いてどう思ったの?』


『やっぱり好きだなぁって』


『それだけ?』


『ううん、まさか! 笑住には相談に乗ってもらったから先に伝えておくね』


『……じゃ、聞いておく』


『ありがとう、笑住』


 普段よりも異様に明るく感じる菜花の話し口に、笑住は妙な胸騒ぎを覚えた。


『私、打ち明ける。いっちゃんはきっと許してくれると思う。ううん、違う。いっちゃんのことだから「ごめんね」って、何も悪くないのに謝ってくれる』


『だろうね。知らずとはいえ、新作野菜料理ができる度に試食させて感想を聞いていたわけだし。野菜嫌いのなの姉に』


『笑住の言葉に棘がある気がするけど……私が悪いんだし仕方ないか』


『お姉ちゃんに、マイルールと反する行為をさせていたわけだし言うでしょ』


『うん、後悔している。だから打ち明ける。そして――――』


 笑住はイヤホンを押さえ集中する。


『――私はいっちゃんに好きって告白する』


『聞き違いか何か? その流れで告白って……正気とは思えないけど?』


 笑住は顰め面を浮かべた。


『正気だから告白するの』

『なの姉、それは――』


(――上手くいくわけがない)


 口から出掛かった言葉を笑住はすんでのところで飲み込む。

 笑住は思い留まるように説得しようするが、その前に『おやすみ』と通話を切られてしまい、笑住は小さな溜め息を漏らした。


(――拗れすぎでしょ)


「やっぱり面倒になった……」と吐き出し、それから『萌ちゃん?』と通話を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る