第24話 私はキノコ料理を考えたい(5)
翌日の水曜日。放課後。十七時前。
ポッカリ予定も空き、演劇部、文芸部も休みでみんなの都合もよかったため、この日は木之香ちゃんにお裁縫を教わる流れとなった。
場所はC棟にある家庭科室。
須木先生に場所の相談をしたら、心よく鍵を貸してくれた。
「さっさと取り掛かりましょうか」
白菜ちゃんは被服台の下部にある荷物置き場に「よいしょ」と、リュックを置いた。
「よいしょとか、年寄りくさいよ。冬葉」
ムッと眉尻をつり上げた白菜ちゃんだったが、次には口角に含み笑いを浮かべ、丸イスを引いて着席する。
「若者はお年寄りのことは労わるものよね。――春乃、シロナの肩揉みなさい!」
「え~、それは善良なお年寄りに限るよー」
不満ながらも根が尽くしたがり系の菜花ちゃんは、カバンを置いてから白菜ちゃんの肩を揉み始める。
「ああ、そこそこ。なんだ、上手いじゃないの。春乃」
「ありがとー……って、ぜんぜん凝ってないじゃん」
「ふふーん、シロナは体が柔らかいからね!」
「私も毎晩ストレッチしてるから体は柔らかいのになぁ」
「なに、春乃は肩凝りなの? あんたの方が年寄くさいじゃん」
菜花ちゃんは無言で、白菜ちゃんへ抱き着いた。
勝利を確信したように得意げな顔をしていた白菜ちゃんは、「何してんのよ!」と初めは慌てていたけど、意気消沈する様に段々と大人しくなる。
「……もう、いいわ。シロナが悪かった。反省する。これ以上は、勘弁して」
白菜ちゃんは圧に屈した。
「苺さん、私たちも座りましょうか」
「うん、そうだね。座ろう――」
木之香ちゃんは……バランスがいい。
どちらかと言えば菜花ちゃんと同じ【肩を凝る側】だ……ん?
「猫ちゃんー? 木之香ちゃん、手に触って見ても大丈夫?」
「ええ、どうぞ。是非、可愛がってあげてください」
「やったー!」と声を上げ、木之香ちゃんのトートバッグへ手を伸ばす。
生地はフェルト作りかな?
黄色いお目めが黒い毛並みと合っている。
耳の先や体、尻尾の所々に白い毛が混じり、妙にリアルだ。
「むふふ、可愛い子だね~!」
「何かと思ったら、その子ね。シロナの家にいるクロニャがモデルなのよ。可愛いでしょ」
「え~、そうなの? 可愛い~!」
是非とも本物のクロニャと謁見させてもらいたい。
「木之香ちゃん、見せてくれてありがとう。このクロニャは木之香ちゃんの手作り?」
「はい、中学で所属していた文芸部のみんなで、お揃いで制作しました」
お揃いかぁ、部活ってやっぱり何か揃えたりするものなのかな。
蜀黍ちゃんが付けていたバドミントンラケットのキーホルダーも、ガチャガチャを回して部員みんなで揃えたーって見せてくれたもんな。
もしも野菜部を作れたら、私も何か考えてみよう。
と、心のメモに記しつつ布地や道具、それから
「? 私の目には、すでにほとんど完成しているように映って見えますが?」
コテンと頭を斜めにした木之香ちゃんと、毛先をクルクルさせ遊ぶ白菜ちゃんに、完成済みのマイタケちゃん、ブナシメジちゃん、ブナピーちゃんを紹介する。
それぞれの性格を伝え終えると、木之香ちゃんはブナピーちゃんへ優し気な眼差しを向けた。
白菜ちゃんに似た子だから気になっているのかもしれない。
「んふ~、可愛いでしょう?」
「ええ、とっても」
この返事で私はご満悦だ。
残りはエリンギくんとホクトくんで『きのこ組』が揃うことを伝える。
「途中なんですね?」
「そうなの、後は仕上げに迷っているんだ」
両手にエリンギくんとホクトくんを被せ「可愛くなれるかな?」と、木之香ちゃんへ訊いたのだが、木之香ちゃんは
「この子たちもブナピーちゃんとはお友達なのですか?」
「お友達? お友達……んー、頼れる仲間? に近いかな?」
「……野菜って不気味じゃないですか?」
ん~? 突然どうしたのかな~?
「感性は人それぞれだよね」
どれだけ不格好な野菜も等しく可愛いと思うけど……え、てか待って。
もしかしてケンカ売られているのかな?
私ね、木之香ちゃんは好きだけど場合によっては買うよ?
契約農家が畑で栽培する食物を、まるごと買い取る全量買い取り。
いわゆる畑買い。
返答次第では、畑買いする勢いで買わせてもらうよ?
「秋山さん!! いっちゃんに向かってその発言はちょっと……」
「落ち着きなさい、春乃。木之香は人の好きな物を真っ向から否定したりしないわ! ……だよね?」
「失礼しました、苺さん。動揺のせいか、誤解を招く発言をしてしまいました。謝罪いたします」
木之香ちゃんが動揺するような……もしかして
「そこまで大袈裟にしなくて大丈夫だよ。菜花ちゃんも気にしてくれて、ありがとう。でも、木之香ちゃんが不気味だと考える理由とか教えてもらえたら嬉しいかな。あ、言いたくなければ大丈夫だからね」
先週、職員室で初めましてと挨拶を交わした時だ。
「好きなお野菜は?」と質問し、木之香ちゃんは「野菜はあまり得意でないですね」と答えた。
不気味だと考えていることが理由なら、無理には聞き出せない。
もしも蜀黍ちゃんみたいな何か、
けれど木之香ちゃんは、特に気にした様子も見せず「小学生に上がってすぐの頃です」と続けた。
「両親に連れられて行った山登りで、群生するキノコを目の当たりし『気持ち悪い』そう思ったかことがきっかけです――」
地元会津は山々に囲まれているため、私たち甘王家にとって山登りは割と身近な出来事である。
成長するにつれて山登りの回数は減っていったけど、群生するキノコは何度も見た事があり、私からしたら「美味しそうだな」「食べられるキノコかな」と、そんな感想ばかりで、お母さんから「絶対触ったりしたらダメ」と、よく注意されていた記憶がある。
でも、見慣れない人にとっては群生するキノコというものは、中々に衝撃的な画に映るのかもしれない
現に菜花ちゃんも「ちょっと分かるかも」と、木之香ちゃんに同意している。
「ジメジメした場所にわらわらと生えるのが不気味で気持ち悪くて――」
聞いている者にすら嫌悪感を与えそう説明なのに、木之香ちゃんは眉尻を下げる優しい顔でブナピーちゃんを撫で、正反対の感情を思わせる。
「すると今度は野菜がダメになりました。独特なフォルム。赤や緑に黄に茶色、毒々しい紫とカラフルな野菜が気持ち悪い何かに見えてしまったのです。苦かったり甘かったり、中には苦味も甘味もある存在理由が理解できない野菜もあります」
最近の野菜は品種改良され、とても美味しくなっている。
昔従来の野菜より栄養価も高く、また食べやすいように甘く改良されていたりする。
「……そうね。シロナは別に木之香や蜀黍みたいに野菜が嫌いじゃないけど、かといって好きでもないけど、パプリカはちょっとよく分かんないかも」
「私も野菜と果物のサラダは苦手。というか邪道だとすら思っているから秋山さんの気持ちは分かる気がするな」
「微塵切りにされていれば食べられないこともないので、丸きりダメってことではないんですけれどね」
木之香ちゃんは、私に気遣うように付け足した。
この場では私の方が少数派で、肩身が狭く居た堪れない。けど、それよりも――
「――ごめんね、木之香ちゃん。キノコが嫌いなのに、キノコの人形作りを手伝ってとか言ったりして。この子たちは家で仕上げるから今日は……そうだ! お話して帰ろ!」
「苺さん、先ほどの真似ではないですが、触れて見てもよろしいですか?」
私はコクっとだけ頷き、被服台に置かれる
「今もリアルなキノコが怖いのは変わらないです。でも――ふふ、この子たちは可愛いですね。特にシロちゃんそっくりなブナピーちゃん。見ていると愛着が湧いてきます」
「……シロナはマイタケちゃんの方が可愛いって思うけどね」
木之香ちゃんはブナピーちゃんの頭部に付く花リボンを撫でながら私へ向く。
「苺さんが両手に着ける子たちは、どんな性格の子なんですか?」
「この子たち?」
思いもよらない言葉で、多分私は間抜けな顔を晒したかもしれない。
「はい。よろしければ、紹介してください」
「えっと、左手のエリンギくんはね? 勝ち気で負けず嫌いだけど、実は誰よりも感受性豊かで涙もろい一面もあって、隠れロマンチストでもある子かな」
「ふーん、どことなく春乃っぽい子ね」
「……私別に負けず嫌いじゃないと思うけどな」
菜花ちゃんには言い難いけど、私も白菜ちゃんと同意見だ。
「となれば、ブナシメジちゃんが蜀黍さんと似通っておりますから、右手の子は苺さんと似た子なのでしょうか?」
「んー、どうだろう? ホクトくんはすぐに顔が赤くなるくらいの恥ずかしがり屋さんだけど、礼儀正しい優等生で芯も強くて頼りになる、みんなから愛される存在だから、私とは違うかも」
「……苺は恥ずかしがり屋って感じしないわね。赤くもならないし」
白菜ちゃん、むしろね。
恥ずかしがり屋なところだけ、ホクトくんと一緒だなって思っているんだ。
「ですが、礼儀正しくはありますね」
稀に暴走しちゃうから、せめて普段は礼儀正しくあろうと心掛けていて、木之香ちゃんがそう受け取ってくれていることは嬉しいかな。
「いっちゃんは優等生だし芯も強いよ。周囲を巻き込むって意味では頼りがいもあるし、中学の頃は下級生にも慕われていたし」
菜花ちゃんが褒めてくれてね、私は凄く嬉しい。
でもね、どうして緑色が濃い
「いちごは……って、ややこしいわね。えっと、果物のイチゴは赤いから赤くなるってところも被るし、人間の苺はホクトくんってことで決まりね」
何その無理矢理に嵌め込んだ感じ?
他の子たちの性格は、偶然みんなと似ているだけだから無理に当て嵌めなくてもいいんだよ?
でも、白菜ちゃんの決定に菜花ちゃんも木之香ちゃんも和やかに首肯しているから、ピンときていないのは私だけみたいだ。
「それで、苺さん」
「え、はい。なんでしょう、木之香ちゃん」
「話が逸れてしまいましたけれど――。あれだけ嫌悪していたキノコなのに、苺さんの子たちを見て、紹介されて、私興味が湧いたんです」
「木之香ちゃんの役に立てたならよかった? のかな?」
「はいっ! 今ならブナピーちゃんを美味しく食べられる気がします」
「!? 何言ってんの木之香!?」
赤面する白菜ちゃんを笑顔でスルーした木之香ちゃんは、自身の両手に
「最終下校時刻まで残り二時間半ほど」
木之香ちゃんは右手に被らせたマイタケちゃんを操り、左手に被らせたブナピーちゃんをあむっと食べるように見せると「ふふっ」と楽し気な声を漏らし、そして。
「残りの子たちも可愛くしてあげましょうね」
木之香ちゃんは、顔いっぱい華やかに綻ばせたのだ。
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