第13話 私は初物トウモロコシが食べたい(4)
ホームルームが終わった放課後。
「いっちゃん、いこっ!」
退室していくクラスメイトに紛れ、席まで来てくれた菜花ちゃんと学校を後にする。
改札を越え、海を一望できるホームに立つと、菜花ちゃんは日に反射する海よりも目を輝かせ、ニコニコと鼻歌混じりに体を揺らす。
(無邪気で可愛いなぁ)
でも、ホームから落ちたら危ないから手を繋いでおこう。
「ねえ、いっちゃん。ココに行きたい!」
いいよ、の意味を籠めて繋いだばかりの手をギュッとしたが、菜花ちゃんは「ちゃんと見て!」と頬を膨らませた。
「ごめんね。菜花ちゃんが選ぶお店は外れがないから、つい」
「いっちゃんにも楽しんでもらいたいって、頑張って探しているんだよ?」
「いつも探してくれてありがとね。どんなお店か見せて?」
まだ不満な様子ながらも「はい」と携帯画面を見せてくれる。
開かれていたページは、藤沢駅南口にあるカフェだ。
懐かしさと温かみを感じさせる落ち着いた雰囲気で、運よく窓際の席へ案内してもらえば、珈琲や紅茶にケーキ、キッシュをいただきながら走る江ノ電を望めるらしい。
口コミには、ニューヨークチーズタルトが美味しいと数多く投稿されている。
菜花ちゃんはチーズに目がないから、湘南の海で波を楽しむサーファーのように、チーズケーキについて検索する内に、情報の波に乗り辿り着いたのだろう。
ここが菜花ちゃんの凄いところだけど、このお店には菜花ちゃん自身の好みもおさえつつ、しっかりと私好みのメニューまで揃えられているようだ。
「へぇ、野菜を使ったケーキまであるんだ。良さそうなお店だね!」
「えへへ、でしょ~?」
下から見せる誇らしげな笑顔がなんとも眩い。
「江ノ電は毎日見れるからなぁって思ったけど、いっちゃんと一緒にケーキを食べながら見た事はないからいいかなって。会津だと、見れても雪だから」
「ふっふ、ふ~、菜花ちゃん? こっちの人からしたら雪を見ながら食べたいって思うかもしれないよ?」
「んー、会津の雪は幻想的とかじゃなくてドカってして生活を脅かすからなぁ」
菜花ちゃんの言う通り、風情も何もない降雪量だ。
ただ、雪が積もるからこその恩恵もあるし、雪下で育つキャベツや人参などの伝統野菜もあるから一概に悪いとは言えない。
寒さで甘味をギュッと凝縮させた野菜は感動するほどに美味しい。
サラダやスープと……いけない、想像するとまた涎が溢れてしまう。
「ホームシックとかじゃないけど、ちょっと懐かしくも感じるかも」
「いっちゃんは冬や春の人参で作るサラダ好きだったもんね」
考えを読み取る事など菜花ちゃんにはお茶の子さいさいなんだろうな。
「窓際だといいね。けど今日がダメでも、また行けばいいか」
「ふふっ、私いっちゃんのそういうところも大好きだよ?」
ケーキを食べる前から胸が甘い気分で満たされていく。
「ケーキ食べるなら、ダイエットは明日から頑張らないとだね」
「いっちゃん、そんなに細いのにダイエットするの?」
「私じゃなくて菜花ちゃんだよ? 昨日宣言していなかったっけか?」
「えー……っと、あ! そうなの、昨日身体測定だったでしょ?」
「だね?」
身長170センチ。体重53キロ。
中学三年時のものと私は変化無しの結果だった。
菜花ちゃんはというと、身長150センチで体重は教えてくれない。
「でもなんかね? 家に帰って体重計に乗ってみたら体重が元に戻っていたの」
言いたくないけど、その体重計もしかして壊れているんじゃないかな?
「ふ~ん?」
「え、へへへ…………。あ、いっちゃん! 電車きたみたいだよ」
そんなにケーキが食べたいんだね。
珍しく稚拙な誤魔化し方が可愛かったし、菜花ちゃんにはダイエットも必要ないと思っていたから私はニコッとだけして、ホームに到着した二両一組の緑の車体へ乗り込んだ。
車内は帰宅時なこともあり、満員とまではいかないけど人で溢れている。
昭和レトロを感じさせる木の床に立ち、つり革に捉り「菜花ちゃん」と声を掛ける。
ごくごく自然に、菜花ちゃんが私の胸や腕の中に納まったところで藤沢駅へ向けて発車した。
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