第12話 私は初物トウモロコシが食べたい(3)
お弁当を食べ終えた昼休みの時間。
「いっちゃん。髪、セットしちゃおうか」
妙なプレッシャーを放つ菜花ちゃんの提案で、放課後に予定していたヘアセットを昼休みにすることになった。
「いっちゃん、待って!」
「今日はアイロンいらない感じ?」
てっきりお手洗いに移動すると考え席を立ったのだけど、菜花ちゃんは私の手を取り引き留めた。
「さっき貸してもらったでしょう? でも電源が入らなくて」
「そうなの? 朝は使えたのに……また壊しちゃったのかな」
「うん。だからアイロンはこのまま預かって修理しておくから、今日の所はいっちゃんは私の席に座ってもらってもいい?」
「いつもありがとね。でも、菜花ちゃんの席? このまま私の席でもいいよ?」
座席はあかさたな順で決められていて、
「あ」から始まる甘王は廊下側一番前の席で、
「は」から始まる春乃は教室の中心に近い所だ。
端を好む菜花ちゃんは、何かと私の席にまで来てくれる。
だから腰を落とそうとしたのに、菜花ちゃんは反対に立ち上がった。
「ここだと目立たないでしょ?」
「んん? どういうこと?」
「私の席の方が、私たちのことが認知されやすいかなって」
「認知も何もクラスメイトなら、すでにされているんじゃない?」
入学してまだ数日だから、顔と名前が一致しない人もいるかもしれない。
でも、大抵の人ならクラスメイトということくらいは見たら分かると思う。
「じゃあ、今日は私がそういう気分ってことで」
いつもの気分屋さんが発動しちゃったのか。
それなら仕方ない。
こうなった菜花ちゃんは意固地になるから。
「じゃ、お願いね。菜花ちゃん」
「は~い! 私の手で、うんっっと可愛くするね!」
菜花ちゃんはご機嫌に鼻歌を口ずさみ、私の髪を梳かし始める。
後ろから聴こえてくる鼻歌や、櫛が髪を梳くスーと滑る心地良い音らを楽しみつつ、机に置いた鏡越しに菜花ちゃんの手元を観察する。
「菜花ちゃんはホント器用だよね」
櫛やヘアクリップを巧みに操ったと思えば、次には指先を器用に扱い、見る見る内に編み込まれる髪を見たことで改めてそう感じた。
「これでも何度も練習したんだよ?」
「菜花ちゃんの努力家なところも好きだよ」
菜花ちゃんは動きをピタッと止めた。
「いっちゃん、最後だけ聞き取れなかったからもう一度お願い?」
「努力家なところも」
「そのあとの部分だけでいいよ」
それだと、もうほとんど最後に等しいけど――
「――好きだよ?」
「ん……えへへ~、ありがとっ!」
上半身をメトロノームのように揺らし、けれど手は器用に動かす菜花ちゃん。
そこから数分としない間で「はいっ、できた!」と完成が告げられた。
両サイドの編み込みにハーフアップ。
右サイドにはお団子が作られ、大人可愛い髪型が鏡に映っている。
「わぁ……」
鏡に向かって横そして正面を見て驚く。
「なんか凄い!!」
壊滅的に酷い感想だ。
「いっちゃんの綺麗な黒髪ストレートも生かしたいので、今日はサイドにお団子を作ってみました」
「ありがとっ、菜花ちゃん! 髪、すっごく可愛い~!!」
「綺麗格好良くてそれなのに可愛さも相まって、どうしよう。嬉しい筈なのに、他の人の目に映すはいっちゃんの存在が危険すぎる……取りあえず写真かな」
菜花ちゃん? 写真を撮っても危険さんは封印できないからね?
「菜花ちゃん、撮り終わった後でいいんだけどCクラスに行ってもいい?」
連続して鳴っていたシャッター音が止まる。
「……何か用事?」
「秋山さんと冬葉さんの二人と部活のことについて話したいなって」
「あ、先生がどっちの部の味方になるかって話だね」
「そうそう顧問についてね」
私の考えは決まっているから、どちらかと言えば勧誘が目的だ。
「それって……私も付いて行っていい?」
もちろん、と返事するより先に話題の二人、
「二人の方からいっちゃんに会いに来てくれたみたいだね」
そんな私の視線で菜花ちゃんも気付いたようだ。
二人は机や引かれたままの椅子の合間を縫い、私たちの方へ歩き進めてくる。
「こんにちは。ご歓談中にすみません。甘王さん、今お時間よろしいでしょうか?」
「……こんにちは」
「こんにちは! 私と菜花ちゃんも秋山さんと冬葉さんに会いに行こうと思っていたところでね、だから来てくれてありがとっ!」
続けて「こんにちは」とお辞儀した菜花ちゃんのことを冬葉さんがジッと見る。
「な、何か私の顔についてたりする?」
「木之香、こっちは任せていい?」
「それは構わないですけど?」
「じゃ、お願い。あのさ、シロナも春乃さんに訊きたいことがあるんだけど、いい?」
冬葉さんは自分のことシロナと呼ぶのか。
「――納得の可愛いさだなぁ」
「……甘王さん。シロちゃんは人目を引く容姿でしょう?」
「な、ちょっ、木之香!??」
綺麗なツインテールを揺らす冬葉さん。
それをにこやかに躱した秋山さんが、頷いた私へ向けて続ける。
「シロちゃんに好意を抱く男子たちが、容姿と重なる名前を揶揄うことが少なくない数あったのですが、シロちゃんは授かった体と名を貶されることが許せず、気丈に振る舞い、訂正を続け、自身をシロナと呼ぶようになったのです」
「……私も似た経験あるなぁ」
「甘王さんにも、ですか?」
「私の場合は好意とかではなかったけど……背が伸びるまでは結構ぽっちゃりしていて、それと今は目立たないけどそばかすが濃くてさ」
そばかすや体形、名前を揶揄してツブツブイチゴとかイチゴ大福とか男子からバカにされていた。
「……男子ってほんと幼稚」
「ありがとう、菜花ちゃん」
笑って流していたけど、幼い私はそれなりに気にしていた。
それでもコンプレックスにならずポジティブな性格になれたのは、
「いっちゃんは可愛い」
「私は誰よりもいっちゃんの良さを知っているよ」
と、菜花ちゃんが他にもたくさんの言葉をくれて、全てを肯定してくれたおかげだ。
「ごめんなさい、甘王さん。そんなつもりはなかったのですが、思い出させてしまいました」
「ううん、気にしないで。それより私の方こそごめん。さっき心の中で、自分をシロナって呼ぶ冬葉さん可愛いなとか思っちゃった。冬葉さんは可愛いだけじゃなくて、誇り高く格好良い人だったのに」
「っ!? 甘王苺!?? 褒めすぎよ!!!!」
またもやツインテールが流麗に揺れる。
「甘王さんは素直な人なだけだったのですね」
「そこもいっちゃんの魅力の一つだよ、秋山さん」
「ええ、知れてよかったです」
「えへへ、なんか照れるな~」
「ちなみですが、シロちゃんも素直な性格なんですよ?」
「っ!? もおぉっ、木之香はいいからッッ!! でも、ありがとっ!!!!」
「ちなみに繋がりだけどね、いっちゃん? さっき心の中でって言ったけど、しっかり漏れていたよ?」
ああ、なるほど。
安直に「可愛い」と漏らした私に怒っていたから、秋山さんは冬葉さんの話を持ち出したのか。
「やっぱりごめんだよ、秋山さん」
「誤解だと理解ったのですから、もういいんです。甘王さん」
「ねえ、聞いて!! シロ……わたしを無視しないで!??」
一人称を訂正した冬葉さんに温かい目が集中する。
茹だり温野菜化した冬葉さんは、原因となった私をキッと睨み、それから菜花ちゃんへ向いた。
「……それで、話。いい?」
「あ、うん。大丈夫。訊きたいことって?」
「……二人で話したいんだけど、場所変えてもいい?」
「できれば教室の中には居たいんだけど……」
菜花ちゃんはチラッと私を見る。
「私の席使うといいよ。冬葉さん、端っこの一番前なんだけどどうかな?」
「……木之香と同じ席、か。ありがと。使わせてもらうわ」
居た堪れなさから逃げるように足早に進む冬葉さん。
何故かとても苦いピーマンでも食べた子供みたいな顔をする菜花ちゃんへ手を振り、二人を見送る。
「
「同じ幼稚園で、その時に生まれた病院も一緒だって分かってね、それがきっかけで仲良くなれたんだ」
「実は以前から
「私は菜花ちゃんを振り回してばかりだから、頭上がらないんだけどね」
「振り回すばかりの人には、誰も付いて行けません。ですから、やはり素敵な関係かと」
「そうかな?」
「ええ、素敵です」
ほがらかな秋空のように笑う秋山さんに釣られて「えへへ~」とだらしなく笑ってしまった。
「二人ほどではないですが、私とシロちゃんは今年で十年目に突入なんです」
ということは小学一年の頃からの付き合いってことか。
「二人も幼馴染だ」
「いいえ、まだです。私とシロちゃんを幼馴染と呼べるようになるには、あと一年必要と考えております」
「じゃあ、一年後に幼馴染記念パーティしないとだね」
「良いですね。その時は是非にも、先輩幼馴染の甘王さんと春乃さんに参加してもらいたいところです」
「私、冬葉さんを怒らせたような気がするけど平気かな?」
「言葉に棘がありツンデレに見えますが、それは見せかけだけのツンデレ風でして、よくよく聞いていると、ただのデレだと分かりますよ」
ツインテールについつい印象が引っ張られたけど、ツンデレ風デレとか何その擬態。
「それなら、喜んで招待に預からせてもらおうかな!」
「ふふ、楽しみが増えました」
「ちなみに蜀黍ちゃんは二人とどんな関係? 話すって事はお知り合いさんなんだよね?」
「はい、蜀黍さんとは中学が同じで、顔を合わせれば挨拶や雑談を交わす友人です」
「そういうことかぁ」
「はい。さて、甘王さんとの会話は楽しく、このまま雑談を続けたいところですが――」
私も楽しいよ、と頷く目の前で秋山さんは静かに両手を合わせた。
「――昼休み時間も限られております。本題となる顧問の話合いについて開始したいのですが、よろしいでしょうか?」
「そのことなんだけど、私は他に顧問を引き受けてくれる先生を探してみるから、須木先生は文芸部の顧問で大丈夫だよ」
「……えっと、さき程の事を気にされている様でしたら」
「あ、違う、違う。元々、私がお願いするより先に決まっていたことで、割り込む形になったでしょう? それで秋山さんや冬葉さん、文芸部のみんなから恨まれるようなことは避けたいなって」
ケンカしてでも、何が何でも野菜部を作りたい!
とか、そんな意志や信念を持っているわけでもないし、まだ知らない調理技法を学ぶのに調理部へ入るのもアリかなと考え始めている。
「そういうことでしたら、ご厚意に甘えさせていただこうかと」
「うんうん、でももしね? 私が…………」
かといって、野菜部の創部を諦めたわけでもないから勧誘しようかと考えた。
でも今誘ったら弱みに付け込むみたいにならない?
そんなつもりがなくても、そう捉えられても不思議じゃないよね?
ホワホワしていて可愛いけどさ?
秋山さんって怒らせたらダメな人種だよね?
……うん、また今度にしよう。
顧問を引き受けてくれる先生が見つかったらにしよう。
「遠慮なさらずに。私にできることでしたら、何でもおっしゃって下さい」
緊張から机の上で握り合わせていた私の両手を、秋山さんは上から覆い包む。
「甘王さんのお手ては包容力がありますね。触れていると何だか安心感が湧きます」
ごめんね、華奢な秋山さんの手では覆いきれてなかったよね。
ピアノを習う人は手が大きくなるとも聞くし、多分だけどキャベツとか鷲掴みにする内に大きくなったのかもしれない。
両手で持つと一つしか持てないけど、片手なら二つも持てるんだよ?
とか変な言い訳をしつつ、反対に秋山さんの両手をキャベツで鍛えた両手で覆い包む。
「私の手、菜花ちゃんや妹にも好評なんだよね」
「ふふ、分かる気がします。それで、膝枕くらいでしたらすぐにできますがどうでしょう? 頭よしよしも付けますよ? 自慢ではありませんが、シロちゃんにも好評なんですよ?」
どうして膝枕? 場所や時間は?
そんな野暮な疑問は飲み込み、私は美少女がしてくれる膝枕へ全力で乗っかる判断を即座に下した。
「ええっとね? 菜花ちゃんが髪を可愛くしてくれたばかりだから、よしよしはいいかな。代わりに私が
「では、私は親しみを込めていっちゃんとお呼びしますね」
「ちょっと春乃。あんたの幼馴染がうちの木之香を誑かしているんだけど?」
「うふふふ、こっちのセリフなんだなぁ。冬葉? でも、いっちゃんもいっちゃんだよ」
やけに仲良さげな様子で戻ってきた二人の視線は、私と木之香ちゃんが繋ぎ絡める手元へ注がれ、最終的には私へ向いた。
「みんなでお昼寝でもする?」
――キーン、コーン、カーン、コーーン。
残念だけど、お昼寝や膝枕はまた別の機会かな。
タイミング良く? 悪く?
とにかく予鈴もなったもんね。でもね?
私には、てかみんなにも聞こえたと思うけどさ?
「(……するならシロナが真ん中がいい)」
とかポツリと漏れ聞こえてきたのは私の気のせいかな?
気のせいじゃないみたいだ。
だって菜花ちゃんと木之香ちゃんが冬葉さんを……
うんうん、そかそか、尊いなぁ、旨味がでているなぁ――
――理解。
「これがツンデレ風デレってやつだっ!」
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