第04話 好きな野菜は?(2)

 今日の授業は午前で終わり。

 お昼を過ぎた時間から放課後となる。


「弁護士事務所に行ってくるねっ」


 菜の花色の明るい声で去っていく菜花ちゃんを見送り、僅かな寂しさを覚えた帰り道。


 気になっていたけど怖い思いもあり、敬遠していたモノレールに挑戦しようと考えた。


 湘南モノレール線大船駅までの切符を購入し、先頭車両へと乗り込む。


『発車まで五分ほどお待ちください』


 音声アナウンスが流れたので、今の内に検索してみようかな――と、携帯を取り出す。


 ふむふむ。湘南モノレールは湘南江の島駅と大船駅を結ぶ沿線で、レールが上にあり、車体がぶら下がる形の電車で、いわゆる懸垂式と呼ばれている。


 道路の上空を走る沿線上には山や谷もあり、アップダウンやカーブも多く、ちょっぴりエキサイティングな体験ができるらしい。


 地元、会津の近くには遊園地がなかったから、私や菜花ちゃんは絶叫アトラクションの経験が薄い。


 だから……まあ何というか、ただの移動手段で絶叫を求めるのは不謹慎だけど、ちょっとだけ楽しみだ。


 とか考えている間に発車の時間だ。


「ゴガガガガ」と思ったよりけたたましい音を響かせ……おっと。

 結構揺れる。

 あ、立っていられない――。


 早々に諦めて空いている二人掛けの椅子へ着席。

 体を半身に向け窓の外を覗く。


(ほうほう、結構住居が近い……海!!)


 こっちに越してからというもの海は何度も見たのに、つい反応してしまった。


(って、目の前に山!?)


 山の中を走るってなんだか変な感覚だなぁ、観光地に来た気分だ。

 いや、鎌倉は立派な観光地だった。


 ん、今度は竹藪発見。

 昨晩は雨が降ったからな、雨上がりはタケノコがニョキニョキと生えてくる。


 今は四月だから、きっと見えないところで顔を出しているかもしれない……


 ……タケノコかぁ。


 今年は忙しくてまだ食べていなかったな。

 王道のタケノコご飯に煮つけ、きんぴらやバター醤油で炒めても美味しい。

 天ぷらとカレーや春巻き、餃子に青椒肉絲チンジャオロースなんかもアリだ。

 笑住えすむは私が作る餃子が好きだったな。


 はぁ………


 じゅるり。


 いけない、よだれが。

 たくましい妄想力が車窓にタケノコを映した。

 今日、静ちゃんに出す野菜料理はタケノコで決まり。

 決定だ、それしかない。


「お嬢ちゃん、もしかしてこの辺の出身じゃないね?」

「え、はい。三月の終わりに福島からきました」


 人好きのいい笑顔を浮かべたお婆さんが持つ袋からタケノコが顔を覗かせている。

 車窓に映ったタケノコは妄想じゃなかった、反射して映るリアルのタケノコだった。


「やっぱり。食い入るように景色を見ているから、もしかしてーっと思ってね」


 食い入るように見ていた物はお婆さんが持つタケノコです。


「立派なタケノコですね?」


 頭の中は竹林で埋め尽くされている。タケノコが食べたい。


「ああ、これかい? 家の裏手に竹林があってね、採った物を娘の家に持って行った帰りなんだよ」


「帰りなのにどうしてタケノコをお持ちで?」


「それがさ? 持って来るなら下処理してくれーって言うんだよ。頭きて、そのまま持って帰ってきちゃったんだよね」


「こんなに美味しそうなのに……」


「お嬢ちゃん、好きなのかい?」


「毎年の楽しみでもあります」


「それならこれ持っていってよ」


「いいんですかっ!?」


 返事と同時に伸びた手がお婆さんの手を掴んだ。条件反射って怖い。


「重くて仕方ないし家に腐るほどあるからね。それにしても……よほど好きなんだねぇ」


 自分でも、はしたないと思ったけど、うう……だって、ね?

 目の前にタケノコをぶら下げられたら、誰だってこうなるでしょ。


「私、野菜には目がなくて。えっと、ありがとうございます!」

「ははははっ、今どき珍しい子だねぇ。うちの娘や孫と大違いだよ」


 竹を割ったような笑い声をあげたお婆さんと名前を交わす。

 西鎌倉駅で下車する、美味しそうでとてもいい名前をした小木おぎ公菜きみなさんを見送り、私は残りの空中散歩を楽し……めなかった。


 なぜなら――


「これだけあれば、何でも作れちゃうな~。ふふっ」


 ――当然に大量のタケノコに心ときめいていたからだ。

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