野菜オタクの苺ちゃんは手に負えない~お好きなお野菜はなんですか?~

山吹祥

第01話 売る私。売られる私(1)

 カボチャの皮と同じくらい私の意志は固い。


甘王あまおう。県外なんだけど、神奈川にある高校に進む気はないか?」


 首を振る私に先生は「ふぅ」と息を吐いた。


「そうは言わずにほら――」


 進みたい道があるから、何回訊かれても変わることはない。


「――鎌倉の海が目の前にある高校だ、潮風を浴びた野菜は美味いんじゃないか?」

「!?」


 塩害にも負けず育った野菜は旨味がギュッと詰まり美味しい。

 先生は野菜に目がない私の弱点を正確に突いてきた。


「お話は……終わりですね。それでは失礼いたします」

「おい! 甘王、話はまだ――」


 中学三年一月の放課後。

 進路を決める最終面談を終えた私は、担任教師へ背を向け職員室を後にする。

 少しだけ、ほんの少しだけ後ろ髪引かれる思いにかられたが、私の意志は……ナスの表皮と同じくらい固かった。


 商店街の一角にある三階建ての自宅へ裏口から帰宅。

 角度ある急斜な階段を三階まで上り、和室六帖の部屋に入る。

 年頃だからと一年前に与えられた個室は、日焼けで年季の入った畳や扉襖で囲まれていて、とても落ち着く。


 二つ下の妹の笑住えすむは「お姉ちゃんと離れたくない!」と、駄々を捏ねたけど部屋は薄い扉襖二枚で隔たれているだけ。


 気付けば布団に潜り込んでもいる。可愛いやつめ。


 着替えを済ませ、両親が一階で営む青果店へ「お母さん、ただいま」と顔を出す。


「いっちゃん、お帰りなさい。今日は先生との面談で遅くなるんじゃなかったの?」

「五分で終わらせてきた。それより父さんはあっち?」


 自宅兼青果店が並ぶ商店街。

 大通りを挟み信号一つを渡った所で、青果店の経営も順調であるため地元会津野菜を売りにした飲食店をお父さんがオープンさせた。

 営業時間が夕方から夜までの短い時間にもかかわらず繁盛している。


 私は土日に青果店、平日の放課後は飲食店のキッチンを手伝っている。

 けど今日は「帰宅したら青果店に顔を出してくれ」と、お父さんからメッセージがきていた。


 それなのに呼び出した本人の姿が見えないからお母さんへ訊ねたが、返事が戻る前に「苺ちゃん」とお客様から声が掛かる。


「こんにちは、大道寺だいどうじさん。今月は二回も来てくれたんですね!」


 この方は去年から月に一度だけ買物にいらっしゃる常連様。

 街の青果店というよりは、テレビで紹介される都会の高級スーパーが似合う上品な女性だ。


「ええ、苺ちゃんに会いたくて来ちゃった」

「またまた、嬉しいこと言ってもちょっとしかサービスしてあげませんよ」

「サービスをいただけるなら、私……苺ちゃんがほしいな?」


 大道寺さんは私の指先をそっと握った。

 気品あふれる大道寺さんの雰囲気にのまれて、思わず握り返しそうになるが何とか耐えて握られた指をそっと外す。


「私は高くもないですけど、サービスで差し上げられるほど安くもないですよ?」


 お客様に何を言っているのだ、私は。


「そうね、失礼なことを言ってしまったわ。欲しければ正式な手続きが必要よね」


 ノリがいいな、大道寺さん。


「そう言えば、この間お勧めした菜の花はどうでしたか?」


「とっても美味しかったわ! 私、菜の花の苦みやえぐみが得意でなかったけど、苺ちゃんが教えてくれた通り作ったら全然! もう驚いちゃった!」


 菜の花とイチゴの春サラダ。


 食べやすい上に彩も綺麗。調理も簡単でお手軽な一品だ。

 お母さんや笑住は「美味しい」とお代わりもしてくれるけど、菜花ちゃんからは「野菜と果物は別々に食べるもの」と昔から不評でちょっぴり不安だった。


「ちなみに今日の苺ちゃんのおすすめは何かしら?」


「ふ……ふふふふふふ――。聞いちゃいます?」


「ええ、苺ちゃん。聞いちゃうわ」


 見つめ合う私たち。

 短い溜息を漏らしたお母さんは、

「いっちゃん、ほどほどにね」と言葉を残し、他のお客様の対応へ。


 私はすうぅ――っと息を吸い、


「断然、葉玉ねぎです。春先の短い時期にしか出回らない季節感じさせる春野菜! 葉付きのまま若取りして、玉の部分は玉ねぎとして、葉は青ネギとして食べられます!!」


「へぇ、二つの意味で美味しそうなお野菜ね?」


「その通りです! 肉質は春の新玉ねぎよりもみずみずしく柔らかくて、辛味も穏やかなので食べやすいです! 意外と知られていないんですけどね、玉ねぎは糖度の高い野菜なんですよ? 通常の玉ねぎでも七から八度くらいなんですけど、葉玉ねぎは…………ほら、大道寺さん! この糖度計見て下さい!! 九度もあります!! これってイチゴと同じくらいの甘さですからね??」


「苺ちゃんの声とどっちが甘いかしら?」


「茶化さないで下さい」


「ふふ、ごめんなさい。続けてもらえる?」


「はい! それで脱線しちゃいましたけど葉は柔らかくてネギ独特の臭いも薄くて食べやすいです!」


「それで、どう調理したら美味しくいただけるのかしら?」


「サラダは当然、味噌炒めやおひたし、ぬた和えがおすすめです! スープにしても旨味や甘味が汁にとけて……最高です!! 私、今日の夕飯にしようって朝からずっと考えていま…………し、た??」


 目の前にはニコニコと、それはもうニコニコと微笑む大道寺さん。

 に加えて、お隣に住む吉田さんや真向かいの国吉さん。

 岩田さんに高橋さん、他にもたくさんの常連様が集まり、子や孫を見るような顔で私を眺めていた。


 お母さんは「仕方ない子ね」と言わんばかりに微笑んでいた。

 つまり私はまた――


(――やってしまった)


 野菜に囲まれ野菜と育ち、素直な野菜や癖のある野菜。

 どの野菜も向き合えば向き合う程美味しく輝く。

 野菜の魅力に取り憑かれ、野菜が好きで、好きで、野菜をこよなく愛し、野菜オタクとも呼べる私が野菜について熱く語る。


 幼い私が、お父さんやお母さんの真似をして野菜を売り込む。

 ご近所様方々が、嫌な顔一つ見せず聞いてくれるのが嬉しくて嵌った。


 野菜嫌いの菜花ちゃんが「いっちゃん、おいしい~」と私の作った野菜料理に顔を蕩けさせてから、さらに沼に沈んでしまった。


 そして、いつしかこう呼ばれるようになっていた。



 甘王青果店名物『苺ちゃんの食べ方売り講座』。



 恥ずかし死っっ!! もう卒業した筈なのに。

 だらしなく歪ませた目や頬。

 全体的に恍惚とした表情。

 早口で語る姿が撮られた動画を菜花ちゃんから見せられた時に「あ、封印だ。これ」と。


 初めは途中で止めるつもりだった。

 でも、大道寺さんが気持ちの良い合いの手を入れてくれるものだから、ついつい楽しくて我を忘れた、忘れてしまった。


 喋っている間に段々と興奮が抑えられなくなり、どんどん熱量が増していく。

 言いたいことも次から次に浮かび早くなっていく。


「いっちゃん、一つ買ってくよ!」「うちも!」「選んでおくれ!」


 万雷の拍手が贈られる中、現実逃避で閉じていた瞼を開き、まさに開き直る。


「あ、これレシピで~す。保存は葉と玉を切り分けて、それぞれラップや野菜保存袋とかに入れて野菜室で保管して下さい。なるべく早く食べるようにして下さいね~」


 たとえて言うなら私がアイドルでお客様がファン。

 レジで葉玉ねぎを購入したファンがアイドルの前へ綺麗に整列する。

 特典のレシピを手渡し握手する。

 テレビで見る握手会が田舎の青果店で繰り広げられている。


「苺ちゃん、また後でね」

「はい、大道寺さん。今日もありがとうございました」


 また後で? と思いながら美麗に微笑む大道寺さんを見送る。


「次の講座はいつやるんだい、いっちゃん?」

「吉田さん、こんにちは。次は未定かなぁ」


 残念がる吉田さんと握手して見送る。

 手の平の中には飴ちゃんが握らせられていた。


 握手を交わす度に様々な味の飴ちゃんが増えていく。

 苺の名前にちなんだイチゴ味の飴ちゃんが割合を占めている。


 けど、ごめんなさい。

 笑住が飴ちゃん好きなのと、私は食べられないの。

 そう心の中で謝罪。そして。


「ありがとうございました~!」

 と最後のファンを見送り、私は約3万円分の葉玉ねぎを小一時間で完売させた。

 この数字は、田舎の青果店と考えたら驚異的な数字であることを青果市場の職員さんから聞いたことがある。


「苺! 今日も大盛況だったな!」


「あ、お父さん。どこ行っていたの? あっちはいいの? てか、何でスーツ?」


「ああ、ただいま。ちょっと笑住えすむを迎えにな。店の方は臨時休業にした。これは……」


 お父さんは一張羅のスーツに触れながら、何とも言えない表情を作る。


「笑住に何かあったの? 笑住は大丈夫なの!?」


 店を臨時休業してまで迎えに行くなど初めてのことだ。

 可愛い笑住が事故や事件に巻き込まれてケガでもしたのかと思ったのだが、

「お姉ちゃん?」

 と、笑住はみかん片手に現れた。

 ああ、口いっぱいに頬張ったりして……可愛い。


「笑住、ケガとかない? 平気? 詰まらせないでね?」


「? 別に、なんともないよ? 大事な話があるからってお父さんが?」


「それについて話したいから、とりあえずシャッター下ろしてくれ」


 え、なんで――という疑問を飲み込んだ。

 閉店時間まではもう数十分残っているが、品物がなくなれば早仕舞いすることもある。

 それにお父さんの真剣な目から、何か只事でない気配が伝わってきたからだ。

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