アイドルって…。
@SKB69
アイドル
「希良梨ちゃん、急いで!」
タクシーを降りた2人、希良梨と高田優子。希良梨は現在ブレーク中のアイドルだ。高田優子はマネージャー。希良梨より10歳歳上で、業界では美人すぎるマネージャーとして有名だ。そんな2人は今からある企画に参加する為に出版会社である相談社に駆け込む。
「すみません、遅れました!」
この企画の担当者である田代賢治が2人を出迎える。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。」
割と穏やかに対応する。
「でもファンの子を待たせてしまって…」
優子が申し訳なさそうに頭を下げる。希良梨も優子とともに平身低頭な感じで申し訳なさそうにしていた。
この企画は相談社発案の、『憧れのアイドルとの対談』である。今をときめくアイドル、希良梨に会えるとあり多数の応募があった。その中から静岡県に住む東條由麻と言う小学六年生の少女が選ばれた。企画の開始は13時の予定の所、ドラマの収録が押してしまい10分遅れてしまった。何よりもファンを大切にする事を口酸っぱく言っている優子にとっては、そのファンを待たせる事が心配で仕方がなかった。
「どうぞこちらに。」
オフィスを抜け対談用に準備された、普段は会議室に使われている部屋に向かう。人気アイドルの登場とあり、仕事中の社員達の多くは控えめにざわつきながら希良梨に視線を向ける。そんな視線も感じる余裕がないくらいに2人は慌てて対談室に入って行った。
「遅れて申し訳ございませんでした!由麻ちゃんですね?希良梨です。」
人気アイドルの登場に由麻と付き添いの母親は立ち上がり、有名人を前に目を輝かせていた。
「うわっ、凄い!本物だよ!?由麻っ!」
特に遅れた事に不機嫌にもなっていないようだ。母親も由麻も有名人との対面に心を弾ませている様子に優子は胸を撫で下ろした。
「可愛い!!」
由麻は希良梨を見て興奮気味にそう言った。
「ありがとうございます!」
希良梨は丁寧に頭を下げる。
「どうぞお座りください。」
担当者、田代が双方に着席を促すと、優子は「失礼します。」と言い希良梨を座らせる。同時に由麻も着席し、母親はスッと担当者の脇に移動する。
「初めまして、由麻ちゃん。遅れてしまってごめんなさい。希良梨です。」
そう挨拶する。希良梨から見て由麻は小学六年生にしては少し大人びて見える、瑞々しい長い黒髪の落ち着いた印象を受けた。自分が同じぐらいの歳の時と比べると、よっぽど容姿的にはアイドルの素質があるように見えた。
「静岡から来た、東條由麻です!今日は希良梨ちゃんに会えて、とても嬉しいです!」
きっと明るくてハキハキしていてすぐにみんなと仲良くなれるタイプなんだろうなと感じた。
「私も楽しみにしてたよ!会えて嬉しい♪由麻ちゃん、可愛いね!」
希良梨がニコニコしながらそう言うと、
「希良梨ちゃんに褒められて、お世辞でも嬉しいです!」
と、何の屈託もない笑顔で答えた。お世辞でもと言う言葉が少し引っかかったが、さほど気にはしなかった。そんな和やかに見える雰囲気で対談企画は始まった。
「どうして遅れちゃったんですか?」
いきなりその質問から始まる事が意外に感じられた。が、希良梨はちゃんと説明する。
「今ね、ドラマの撮影してるんだけど…」
「あ、4月から始まるスィートラブですね!」
「そ、そう!良く知ってるねー!」
「話題ですから。亀有君と共演ですよね?」
「うん。その撮影してたんだけど、少し機材トラブルがあって、遅れちゃったの。ホントにごめんね?」
「いえ、お仕事だから仕方ないです。それに私みたいな子供とのお仕事に一生懸命急いでくれて嬉しいです。」
そんな受け答えに、これは親の教育がいいんだな、と言う印象を受けた。
「実はね、私も楽しみにしてたの、この企画。ファンの人とこうしてお話しするのって初めてだから、何かドキドキしちゃって!」
「希良梨ちゃんもドキドキするんですか?」
「するよー!」
「へー、意外…」
こうして話すと自分がファンにどう言うふうに見られているのか分かって興味深かった。
「由麻ちゃんから見て私は、いつも堂々としてるように見えてるかな??」
「うーん、テレビではいつもニコニコしてて愛想よくしてるけど、実は性格悪いって人多いって良く聞くじゃないですか?でも希良梨ちゃんはそんな事がないって感じました。」
「ありがとう。私、裏でも偉そうにしてないんだよ?まだまだ新人だし。」
「何か良かったです。きっとマネージャーさんの教育がいいんですね!」
その言葉に田代と優子は顔を見合わせ少し驚いた様子を見せ、希良梨は面食らった。さっき由麻の事を親の教育がいいのかなと思ったが、まさか同じような事を小学生に言われようとは思わなかった。少し戸惑った希良梨に向かい質問する由麻。
「やっぱり忙しいですか?」
気を取り直して真摯に答える希良梨。
「そうだねー、忙しいかなぁ…。あ、でも昔は休みも寝る暇もないって言われてたけど、今はある程度お休みは貰えるし、寝ずに働くって事はないから。だから毎日元気に働けてるかな。」
言う程そんなに緩いスケジュールではないが、アイドルと対談したいぐらいだ、きっとアイドルに憧れてアイドルになりたいんだろうなと思った希良梨は、そんなアイドル志願であろう少女の夢を壊してはいけないと思いそう答えた。だが返って来た答えは想像だにしていないものだった。
「芸能界でも労働者の環境改善がされてるんですね!勉強になります♪」
そうニコニコしながら言ってきた。
「…環境…改善…。」
小学生から出たその言葉に息を飲んだ。
「自分の好きな事とかする時間とか、あるんですか?」
「そ、そうだね…スマホ弄ったり、音楽聴く時間とか、ちゃんとあるよ?寝る時間も6時間ぐらいはあるし…」
「希良梨ちゃんの好きな事ってスマホ弄ったり音楽聴く事なんですか?」
「えっ?そ、そうだね…」
希良梨は答えに困った。本当ならお菓子を作るとか旅行が好きとか何が好きとか言いたいところだが、小さな頃からアイドルになりたくて仕方がなく、その為に全ての時間を費やして来た為、趣味と言えるものが無い。ここは素直に言おうと思った。
「私ね、小さな頃からアイドルになりたくて、そればかり考えてたから、あまり趣味とかなくて。だから、私にとってはアイドルが趣味って言うか…。だから仕事が趣味みたいなものかな。」
ちょっとカッコいい事が言えたかなと思ったが、由麻の言葉に絶句する。
「仕事が趣味ですかぁ。ンフッ、何かウチのお父さんと同じような事言ってる♪」
「…」
夢を与えなければならない自分が由麻の中ではお父さんと肩を並べている、そう思えてしまい気になって仕方がなかったが、由麻は大して気にする様子もなく、次の質問に移る。
「私、希良梨ちゃんのインスタとか良く見るんですが、その中で気になる事があって…」
「気になる事?」
「はい。たまにコンビニ弁当食べたり、カップラーメンとか食べたり、庶民的な姿を見せてますよね?」
「あ、そ、そうだね…。」
「あれって普段からそうなんですか?」
「う、うん。」
「そうなんですか…」
少し不満っぽい表情をする由麻。
「何か、いけなかったかな…」
「うーん、夢が無いかなって。だってアイドルってその名の通り憧れじゃないですか?何千人、何万人の人達がなりたいと思ってる中で成功するのはほんの一握り。それなのにやっとなれたアイドルが食べる物がコンビニ弁当とか、カップラーメンとか、何かガッカリしません?きっとリスナーは自分が見たこともない素敵なお弁当とかを見て、いいなぁ、私も食べたいなーっ、私も頑張って素敵な食べ物食べたいなーって思うと思うんですよー。でも私でもコンビニ行けば買えちゃうから、コンビニ弁当やカップラーメンとか。私てっきり普段は違うけど、庶民派アピールする為だと思ってたんですが、ホントにそうなんですね。」
コンビニ弁当は夢がない、確かに間違ってはいない。しかも僅かだが、庶民派アピールして親近感を持たせたいとも思っていた。だが小学生にその思惑を見破られているとは少々ショックだった。
「あんまり庶民派アピールして親近感持たせようとしても、くどいとアンチのかっこうのネタになって炎上しますからほどほどにした方がいいと思います。」
小学生に諭され立場がない希良梨だが、もはや由麻が頼もしく思えて来た。
「そうだね…気をつけるよ…。何か…ゴメン…」
ついつい申し訳なさそうに謝り肩を窄める。だが由麻は予めしたい質問を考えて来たのだろうと思うぐらいに切り替え早く次の質問に移る。
「希良梨ちゃんて、分春砲とか気になりますか?」
「ぶ、分春砲…?そ、そうね、気になるかな…」
そう答えると目が輝いたかのように見えた。
「え?て事は希良梨ちゃん、攻撃受けそうなネタあるんですか!?彼氏がいるとか、年齢誤魔化してるとか!」
ストレートな質問に焦る希良梨。
「な、ないよ!わ、私は彼氏もいないし歳も誤魔化してないよ?ホ、ホントよ?」
「学歴とかも?」
「してないしてない、全然してない!」
「スリーサイズとかも?」
「す、スリーサイズ…」
「あっ、動揺しましたね?スリーサイズ、誤魔化してるんですね!?」
これは正直に答えると問題ありかと思った。本当の事を言うか言わまいか迷っている希良梨を追い込む由麻。
「それまでキッパリ否定してきたのに、スリーサイズの時だけ歯切れが悪い…、希良梨ちゃん、誤魔化してるんですね?」
顔をジーッと見られて居心地が悪い。どうしようか迷ったが、やはりファンに嘘はつきたくないと思った。
「私は正直に公表したかったんだよ?でも事務所が、あまり胸の大きさをアピールしない方がいいって、バストを-3センチの82センチで、ウェストは-2センチの55センチ、ヒップも-2センチの81センチでプロフィールに載せたの…」
こんな事を他にバラされたら大変な事になるだろうと怖くなった。だが由麻からはやはり言葉を失うような答えが返って来た。
「スリーサイズ詐称疑惑ですか…、うーん、ネタとしては弱いですね。」と。
「えっ…?」
希良梨は目が点になる。ある意味決死の覚悟で告白したスリーサイズ詐称をネタとしては弱いで済ませた由麻にちょっと普通の小学生じゃないなと感じた。
「じゃあスキャンダルになりそうな事は今の所ないと?」
「う、うん。ないと思う…」
もはや何か言うのが怖くなった。それはスキャンダルを知られるのが怖いのではなく、由麻にネタとして弱いと言われるのが怖くなってしまった。振り返れば、全ての答えに否定的だ。もしかしたら自分は由麻の中のアイドル像を壊しているのかなと心配になる。
「あの、黒崎カレンちゃんて、歳、誤魔化してません??」
「えっ!?ど、どうだろう…。わ、私、彼女と接点ないから…。」
思わず嘘をついてしまった。芸能界で数少ない仲の良いアイドルだ。たまに一緒に食事にも行ったりしている。が、特別2人の仲の良さを公言したり、SNSとかでアピールしてる訳ではないので、そんな関係にある事は知らないだろうと考えての嘘だった。
「どうしてそう思うの?」
「私、カレンちゃんて18歳だって言ってるけど、20歳だと思うんですよー。」
希良梨は驚いた。その通りだからだ。
「えーっ?そんな事ないと思うけどなぁ…。どうしてそう思うの?」
「カレンちゃんのSNSとか見ると、センスとか好みとか、私の20歳の従姉妹と丸かぶりなんですよねー。どんなに頑張っても、センスって出るじゃないですかー。友達のお姉ちゃんに18歳の人がいるけど、ちょっと違うんですよねー。それよりも20歳の従姉妹のセンスの方がしっくり来るって言うか…」
希良梨は怖くなった。SNSからそんな事まで読み取るのかと。幸い希良梨は年齢は詐称していない為、胸を撫で下ろした。
「でも多分、偽ってないと思うよ?」
きっと必要以上に目に力が入ってるなと自分でも思った。すると由麻は2秒ほどジッと希良梨の目を見た後、ニコッと笑う。
「そっか、気のせいですね、きっと♪一緒にディズニーランドに行くぐらいの仲の希良梨ちゃんが言うんだから間違いないですねっ♪ンフッ」
最後の笑みは、完璧に自分の読みが当たったと言う満足感から来るもののように見えた。
(てか、接点がないって言う嘘、バレてるじゃん…!!そう言えば一回だけインスタに載せた事あったわね…。それ知っててカマかけてきたの!?こ、この子…)
鋭すぎて怖くなる。嘘をついた事を責めて来ないのも不気味だ。
(もうヤダ…、質問に答えるの、怖いよ…)
希良梨がそう思った時、奇跡的に対談終了の時間が伝えられてホッとした。
「じゃあ最後に、希良梨ちゃんに何かメッセージ、お願いします。」
担当者の田代がそう言うと、由麻は居心地悪そうにする希良梨に笑顔で言った。
「これからも、みんなの夢を壊さない活躍、期待してます♪」と。
「が、頑張ります…。」
希良梨は胸が痛かったが、由麻と言う鋭い洞察力を持つ子との対談が終わると、全身の力が抜けたような気分だった。希良梨ちゃんの名前の由来は?それはね、キラリと輝く…的なほのぼのとした対談を想像していた希良梨にとっては、ドッと疲れが出る対談となった。
帰り支度をしていよいよお別れの時、希良梨はどうしても伝えたい事があった。
「由麻ちゃん、私はまだまだ経験不足で夢を与えるのもまだまだだけど、アイドルって、楽しいよ!だから由麻ちゃんも頑張ってアイドルになってね!」
きっとアイドルになりたいと思っている由麻への応援メッセージのつもりだった。だがピンと来ないような表情をしている由麻に希良梨は聞いた。
「由麻ちゃんも、アイドルになりたいんだよね??」
そう聞くと、由麻は笑って答えた。
「私、別にアイドルになりたい訳じゃありません。」
その言葉に希良梨は驚く。
「じ、じゃあ、何になりたいの??」
そんな希良梨に、大人びた笑顔で堂々と答えたのであった。
「芸能リポーターです♪」
と。
「…」
「…」
「…」
「…苦笑」
【終】
アイドルって…。 @SKB69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます