【KAC20251】真っ白もふもふ狼耳のあやかし少女と、ひなまつり

桜庭ミオ

真っ白もふもふ狼耳のあやかし少女と、ひなまつり

「じゃあ、何かあれば言うんだよ」

「うん、ありがとう!」

 やさしい顔のおばあちゃんの言葉に、わたしはニコニコしながらうなずいた。


「じゃあね」

 おばあちゃんは、大きなお盆を持ちながら、しずかに歩いて和室を出て行った。戸を閉める音までしずかだ。


 わたしはふわふわとした気持ちで、すぐそばにあるテーブルに視線を向けた。


 テーブルの上には、二人分の甘酒とひなあられと桜もちが置いてある。

 二人分の白いおしぼりも用意しておいた。


 甘酒は、桜モチーフのマグカップに入れられている。白、黄色、ピンク、緑のひなあられは、白いお皿に入っている。桜もちは一人二個だから、るり色のお皿にかわいらしく並んでいて、姫フォークがそえられている。


 この甘酒とひなあられはさっきまで、床の間のひな人形におそなえしていたものなんだ。お下がりをいただいた時に、ありがとうの気持ちをつたえたよ。


 桜もちは今日、おばあちゃんと一緒に作った。


 桜もちは関西風で、もち米を蒸して乾燥させた道明寺粉どうみょうじこっていうのを使って作るんだ!


 味見した時はおいしくできたと思ったけど、なんだか不安になってきた。

 毎年、おばあちゃんと一緒に作ってるんだけど、それでも不安になるんだよね。


 ユノ、おいしいって思ってくれたらいいな。


 テーブルには丸いお盆もあって、お盆には、冷たい緑茶入りの急須きゅうすと、空の湯吞ゆのみが二つ並んでいる。

 急須も湯呑みも、春の空みたいな色をしている。


 ふり向き、床の間に目を向けると、ガラスケースに入れられた二体のひな人形がやさしくほほ笑んでいるように見えた。

 おひなさまもおだいりさまも元気そうで、見ているだけで、しあわせな気持ちになる。


 二体のひな人形が飾られているガラスケースの横には、わたしとおばあちゃんが作った桜もちと、花瓶に生けられた桃の花をおそなえしている。


 ほかの場所では、ひなまつりは三月三日だったりするらしいんだけど、この村のひなまつりは四月三日だ。

 学校が春休みなので、ちょうどいいと思う。


 春休みと言っても、小学校は三月に卒業した。

 四月十日は中学校の入学式だし、そのことを考えるときんちょうするけど、今日はひなまつりのお祝いだ。

 ユノと一緒にお祝いするのも楽しみだし、今日の夜、おばあちゃんと一緒に、ちらし寿司と、はまぐりのお吸い物を作って食べるのも楽しみだ。


 だれかが走っているような音がして、わたしは窓に近づいた。


 晴れた空の下、着物姿の女の子が走ってる。

 彼女の短い髪の毛は、雪のように白い。

 頭には白い三角耳が二つあり、背中の方には大きくてフサフサとした白い尻尾が見えている。  

 走っている彼女と目が合った。金色の瞳がキラリと光ったような気がいた。


 彼女は満面の笑みで「みなみちゃーん!」とさけぶ。


 わたしは急いで窓と網戸を開けて、「ユノ!」と呼んだ。大声で。

 ここは田舎なので、となりの家とは離れてる。だから、大きな声を出しても大丈夫。


 ユノが白い尻尾をブンブンふってる。可愛いな。


 ふわり、あたたかい風が吹く。

 春の匂いを吸い込みながら、わたしはこっちに向かって駆けてくるユノを見つめた。


 彼女はオオカミのあやかしだ。

 狼の姿の時もあるのだけれど、人間になった時は十歳くらいの女の子の姿になる。


 ユノは子どもだから、わたしたち人間と同じように成長するけど、大人になると成長がゆっくりになり、百五十歳ぐらいまで生きるのだそうだ。


 村のそばにあるコモモ山に、あやかしの里があることは有名だ。


 猫のあやかしがわたしたちの村に昔から住んでいるし、猫以外のあやかしもたまに村にくる。


 わたしはユノと出会うまで、猫のあやかししか見たことがなかったけど、大人も子どもも、あやかしの話が好きみたいで、だれがどこで天狗テングを見たとか、河童カッパを見たとか、そういう話を聞いていた。


 ほかの土地からきた子は、あやかしの話を聞いて、こわがってたけど、あやかしという存在は、こちらが悪口を言ったり、いじめたりしなければ、なにもしない。

 そう、大人たちから聞かされていたので、わたしや村の子たちは、あやかしをこわいと思ったことはない。


 猫のあやかしなんて、人間の言葉が話せる猫としても可愛いし、猫耳と尻尾がある女の人になっても可愛いだけだ。

 村に住む猫のあやかしは女性しかいない。

 男性の猫のあやかしは、旅好きだと聞いている。


 わたしは幼いころからおばあちゃんや、村に住んでいる友達と、一緒にコモモ山に行っていた。

 コモモ山には大きくて、とてもきれいな桜の木がたくさんあるから、毎年、春になると遊びに行く。今年も行った。

 家の庭にも桜はあるけど、コモモ山に行ってお花見するのも楽しいんだ。


 ユノと出会ったのは、夏。わたしは五年生だった。


 夏のコモモ山に行きたいと思ったわたしは、おばあちゃんに言ってから、一人で山に入り、道に迷った。その時に狼の姿のユノと出会い、仲良くなったんだ。


 狼なんて見たことないから、最初はしゃべる白い子犬――犬のあやかしだと思ったんだよねー。

 そうしたら、犬じゃないって怒られたっけ。


 ユノとの出会いを思い出しながら待っていると、彼女がきた。

 ユノの着物はうさぎ柄。


「上がって」

「うん!」


 ユノは大きくうなずいて、ぞうりをぬぎ、和室に上がる。

 そのあと、わたしは網戸と窓を閉めてからふり返る。


 うれしそうな表情のユノと目が合って、わたしはニコニコしながら口を開く。


「きてくれてありがとう」

「さそってくれてありがとう。いい匂いがするね」


 ユノがちらっと、テーブルの方を見てから、こっちを向き、ニッと笑う。


「今日はね、おばあちゃんと桜もちを作ったの。甘酒とひなあられは、おひなさまとおだいりさまのお下がりだよ」

「そうなんだー。じゃあ、お礼を言わなきゃ」


 ユノがそう言って、素早くひな人形がある床の間に行く。

 わたしはクスクス笑いながら彼女について行き、ユノがひな人形に感謝の気持ちをつたえるのを見守った。


「あっ、緑茶を入れるから、ユノは座布団に座ってね」

「うんっ!」


 タタタと軽やかにユノがテーブルに近づいて、座布団に座る。

 笑いながらわたしは彼女を追いかけて、二人分の緑茶を淹れた。


 わたしたちはおしぼりで手をふき、両手を合わせて、いただきますと言ってから、甘酒を飲む。


「おいしい」

 ユノが言い、「そうだね。おいしいね」とわたしは答えながら笑ってしまった。


 二人共、なぜか甘酒を最初に飲んだからだ。

 なんか、飲みたかったんだよね。甘酒。


 緑茶はいつでも飲めるし。

 甘酒も、買おうと思えば、いつでも買えるんだろうけど、なんか、ひな祭りといえば、甘酒、みたいに思うんだ。

 習慣かな? 幼いころからの。


 あっ、ユノが緑茶を少し飲んでから、桜もちを食べ始めた。モグモグ食べてる。可愛い。

 顔はニコニコしてるけど、どうかな? おいしいならいいんだけど……。

 ドキドキしながら見つめていると、桜もちを食べ終えたユノがわたしを見て、ニパッと笑う。


「おいしい! みなみちゃんも食べようよっ!」

「うん。食べるよ。ユノが桜もち、おいしいって言ってくれて安心した」

「みなみちゃんが作るお菓子も料理も、いつもおいしいよ。みなみちゃんのおばあちゃんが作るお菓子も料理もおいしいけど」

「……なら、よかった。おばあちゃんは上手だけど、わたしは間違えることがあるから……」

「そりゃあ、みなみちゃんのおばあちゃんはおばあちゃんだし、きっと何十年もお菓子とか料理を作ってるんだよ! でも、みなみちゃんはまだ子どもだもん。しっぱいしたっていいんだよ。大人だって、しっぱいすることがあるんだからねっ!」

「そうかな?」

「そうだよっ!」

 

ユノが自信満々に答えたので、わたしはおかしくなって、大声で笑ってしまった。


「どうしたの?」

 

 ふしぎそうな顔でコテンと首をかしげるユノが可愛い。

 まあ、どんなユノでも可愛いのだけど。


 たくさん食べて、話して笑っていたら、ユノが「眠い」とつぶやき、真っ白でふわふわな狼の姿になった。子どもなので小さい。


 ユノが座布団の上で眠そうにしているので、わたしは「寝ていいよ。なでていい?」とたずねる。

 するとユノが眠そうな声で、「うん」と答えたので、わたしはユノのやわらかい毛並みをやさしくなでた。


 ユノの身体からは、森とお日さまの匂いがする。

 好きな匂いだ。

 いやされたのか、春だからなのか、わたしも眠たくなってしまう。


 二人で寝ても、夕方になればおばあちゃんが、様子を見にくるだろう。


 小さな声で、「わたしも寝るね」とささやいて、わたしは自分の座布団を枕にして、横になった。


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