独裁者の姫

@jonsenfun7

第一章 影の病

第一幕

 第一章 影の病

 

 ここ最近にあったことと言えば、隣国のヌーク王国が我がディグニス帝国に併合されたことだろう。以前から併合の話は出ていたが、隣国の君主がいつまでもそれに応じる姿勢を示さないまま6年が経っていた。特に脅威と言えるほどのモノでは決してなかったが我が父、皇帝サリエフの言う限りでは、我が帝国の臣民が幾つか拉致監禁されていると、拷問を受け死者もでている。これらの報復と救済を目的として侵攻をし無条件降伏に持ち込んだと言う。


 物騒な話ではある。しかし、今に始まったことでもない。以前から父は似たような口実を持ちかけては武力による領土拡大を進めてきた。そのおかげもあり今や我が帝国は世界でも覇権を握らんとするまでに成長していた。敵も限られてくる。だからこそ、あんな小国が我が帝国を挑発するようなことをするものなのかいささが疑問で仕方ない。


 と。そんな、くだらないことに部屋の窓から帝都を一望し没頭するのが私の日課。この部屋から見渡す景色はまさに平和そのもの。血生臭い光景など目に映るはずもない。


「姫様、朝です。早く起きてください。まもなく着付けの者が参ります」


 扉を挟んだ向かい側から、いつになく聞き覚えのある男の声がする。毎朝、偉そうに私を起こしにくるくせに一度も私より早く起きたことのない専属護衛のオルディボだ。扉に邪魔され姿こそ見えないが、その声からも分かるほどに若い30代ほどの護衛だ。


 そこまで体格が良いわけでも護衛として優秀なわけでもないが、顔だけは整っている。だからかえって腹が立つ。

「ありがとう。貴方のおかげで今日も遅れずに済みそうだわ」


「いえ。これが仕事ですから」


 そんな仕事は無い。まんざらでもない態度で男は返答した。朝一の皮肉をものともせず話を続けようとする男に対し姫はベッドに横たわり話を聞く態勢に入った。前日、そのまた前日と変わることのない予定を垂れ流し聞いたのち、着付けの者達が部屋の前に到着した。


「リアナ様。私です。ミリヤです。着付けのお手伝いに参りました」


 私はベッドから起き上がり扉を開けた。そこには二人のメイド服を着た女性が礼儀正しく待機していた。その先頭は黒髪を胸まで伸ばし、気の強そうな顔つきで私を見つめるミリヤが、後方は黒髪をキッチリと結んだ気の弱そうなメガネの新人アロッサがいる。


 よく見れば、奥にはオルディボが待たせたなと言わんばかりの表情でこちらを見つめている。どうやら、自分の仕事がここまでだと言うことを心得ているようだ。姫は特に気にかけることもせず、二人だけを中に入れ扉を閉めた。


 部屋に入るとすぐに着付けの作業が始まった。ミリヤが先導しアロッサがその助手のような形で仕事をする。いつ見てもミリヤの手捌きは一流もので手慣れているのが分かる。それに比べアロッサはどこかぎこちなく作業が遅れて見える。


「ちょっとアロッサ! 貴方、何回言ったら分かるの? それは最後にやるから今はこっちを手伝いなさいよ! 本当にも……」


「す、すみません。今やります」


 人目を気にせずミリヤはアロッサに罵声を浴びせる。私には何を間違えたのか全く見当もつかないが、ミリヤには何か分かるようだ。


「リアナ様。昨晩はよく寝られましたか?」


「そうね。ちょっとハエが多くて寝るには……」


「アロッサ! それはもういいからこっちをやりなさい!」


 私の言葉は遮断された。そもそも、ミリヤは私のことなど特に気にかけていない。交わす会話も毎日同じもの。自分の仕事に集中しているからだろうが、それならそれで無理に会話してくれなくて結構だ。


「すみません。それで、昨晩はよく寝られましたか、リアナ様?」


「ええ。文句のつけようがないほどに良く寝られましたわ。ミリヤ」


「それは、良かったです。また、何かありましたら、お伝え下さい。すぐに改善するよう手配いたしますから。ご安心下さい」


 私の記憶が正しければ、もう2ヶ月も前から同じ改善案を出しているはずだが、一向に改善されていない。というより改善する気がないんだと思う。次第にハエの数が減っているようにも見えるが、単に季節の移り変わりが原因だと思う。それなのにミリヤときたら毎年、何の恥じらいもなく「私のおかげで改善された」と言う。本当にそうなら、もう毎晩私が寝てる間に騒がしくしないでほしい。


「リアナ様。着付けが終わりましたので、ダイニングルームへお越し下さい。皇后陛下がリアナ様をお待ちしています」

「そう。お母様が……」


「どうしましたか? 体調がすぐれないようですが。何かご不満でもありましたか。私に出来ることでしたら助けになりますから」


 アロッサに対しては、あれほどキツい態度を見せたミリヤも姫には笑みを交えながら話をする。しかし、その目に光が宿ることは決してない。ただ、私の機嫌をとりたいだけなのだと思う。


「お父様は来てないのね」

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