アームドリターナー異世界に駆ける

第2話 怪奇、恐竜女

 寝静まった街が目覚める時刻。窓の外にいる雀の囀りが、霞がかった頭の中に届く。

 力の入らない腕で身体を支え、重力に逆らって何とか起き上がった。昨夜の疲れが身体に溜まっていて、気怠いことこの上ない。

 マゼンタ混じりの黒髪の毛先を弄りながら、目を擦って居間へ行く。


「あふ……うぅん。眠い……」

「んぉ。あー…おはよ、コーヒー飲む?」

「んー、飲む…。ミルクは要らないから、砂糖めっちゃ入れてー…」


 夏休み最終日となる昨夜、『こっちの方が大学に近いから』という理由で私のアパートに泊った星海。ショートスリーパー気味の彼だが、流石に睡眠時間二時間は堪えるみたいだった。眠気覚ましにか、珍しくエスプレッソを飲んでいる。お母さんのカフェバーで使わなくなったお下がり貰ったけど、こういう時重宝するよねコーヒーマシン。

 彼が淹れてくれたコーヒーを受け取り、マグカップに口を付ける。……あー、おいしー。


「…って、真理那。髪の毛スゲェ乱れ方してんぞ。それにお前……着崩れした服、正してくれ」

「えー…、布団の上で乱れてたのは星海の方じゃ…、もごっ」


 うぇっ?ほ、頬っぺた引っ掴まれた。え?何々?


「……るッせぇなもうちょっと慎み持てや何ノリノリで襲いかかってくるんだよお前⁉ なんッでお前俺よりオスなの、俺とお前で男女逆だろ⁉ って今気づいたそれ俺のシャツじゃねーか‼」


 あらかわいい。星海ってば顔真っ赤。


「むぐ、んぅ……ぷはッ、ふぅ。心配性だね、星海は。防音対策はしてある、大丈夫大丈夫」

「こっちの体力が大丈夫じゃないんだよ……」

「あははっ。汚れた布団のシーツとかは洗濯しとくねー」


 洗濯機に入れて、洗剤入れて、ほいポチっとな。んー、でもちょっと早くに起きちゃったな……眠気覚ましに歯磨きしよう。


「はぁ……。おら、朝飯作っといたぞー。真理那、早く歯ぁ磨いて皿ぁ出せー」

「んぁ。ふぁーひ、ひょうふぁひゃひふふっはふぉ?」

「口濯いでから喋れ。……今日は卵焼きと納豆、鮭の塩焼きに大根おろしだな。味噌汁は豆腐とナメコととろろ昆布。納豆に何入れる?俺はシラスとネギ、それと余った大根おろし入れるけど」

「そうだね、今日は……ゆずポンと山葵、あと生卵。すり胡麻もあれば嬉しい。……、自分で言うのもアレだけど良く分かったね」

「長い付き合いだからな。……はいよ、完成」


 おおおお……。やっぱり日本人の朝食はこういうのだよね。小鉢に入れられた漬物も良い感じです。


「「いただきます」」


 まず、キュウリとカブの塩麴漬を一つずつ箸で摘み、頬張る。しゃくっ、と小気味良い音を立てて口の中に塩っ気のある水分が弾けた。

 うーんむ、おいッしー……。漬かりの塩梅が絶妙だぁ。じゃあ次は……え、この焼き鮭、こんなに脂が上品にのった切り身どこで買ったの?大根おろしとの相性抜群! しかも皮はパッリパリでたまらない……。それに卵焼き、隠し味に納豆のパックに入っているタレ使ったんだ。お手軽な一手間するの上手だよね、星海。

 うわぁ困る、箸が止まらなぁぁい……。


「ンふ、ほふッ。……ん、ご飯おかわり」

「自分でよそえよ。ったく、ほら茶碗貸せ」

「……ずずっ。ありがと」


 毎回作ってもらってる味噌汁も出汁の風味が完璧だよね。あれ? ……もしかしなくても、星海って主婦力私よりも高い?

 い、いやいや。私だってお母さんが龍都で経営してるカフェバーで賄い料理作ったりしてるもの。和食は確かに星海に一歩劣るかもだけど、イタリア料理とかフレンチの腕なら、負けてはいない、はず……。うん!


「何一人でうんうん唸りながら飯食ってんだ? おかわりするのは良いが三杯くらいにしとけよ。あと食い終わったら冷やかせよな。大学にも行く前に、ちょっと寄り道しなきゃだし」

「……あい、ご馳走さまでした」


 じゃあ、出かける準備しないと……。お母さんの店でアルバイトするわけじゃないし、面倒くさいし、化粧はしなくてスッピンでいいや。顔を洗って、転ぶと痛い長めの睫毛をチェックする。未だ寝ぼけまなこな、空色と桃色が混じり合った瞳が洗面台の鏡の中で揺れた。我が事ながら、つり目気味の仏頂面は可愛げが無いな…男受けがあまり良くないのも納得。その代わり、女子人気はあるんだけどね。

 ええと、私のピアスはどこ行ったっけ。金と銀の鍵型の、星海が付けてるのと対になるヤツ。

 あ、あったあった。枕元のテーブルランプのところに置いてたんだった。


「……よし」


 肩口まで伸びたミディアムの黒い癖毛を整えて……と。鏡の前で確認オッケー。万が一の時の為に、バックル型疑似生体器官を表出させるのに便利な、おヘソ丸出しファッション。白いレザージャケットにレディースのジーンズ、ついでに夏用ストールもいるかな……。


「うん。星海どうかな。私、イケメン?」

「『可愛い』とかじゃなくてそっちかい。いやクールビューティ系美女なのは分かるけども」

「逆に可愛い系なのは星海でしょ」

「ッッッ、ッ! 表情も変えずにほんっとさぁ!」


 あ痛ッ。……お尻叩かれた。











 東京都内にある大学の一つ、『城南大学』。世界大学ランキングにおいて、毎年トップ10以内の順位に入っている国立大学。そして、私と星海が通う学校でもある。


「結局お前、あれから夏休み全部使ってあの世界に入り浸ってたよな……ナビするこっちの身にもなってもらいたいもんだ」

「ん。ごめんごめん。でも星海は頼りになるし、甘えさせてくれるし、つい」

「ついじゃねぇよ。はぁぁぁ、コイツもぉ本ッ当……! あ゛ぁぁッッ、クッソ……!」

「はいはい。そろそろ教授来るよー」


 おっと、噂をすれば影。講義室のドアが開かれた。

 磨かれた床を踏むスニーカーが、きゅっ、きゅっと気の抜ける音を奏でている。円錐型のアンテナパーツが付いた、悪魔の角を思わせるヘッドホンが目を引いた。ツーサイドアップの髪を悠然と揺らし、スキップ混じりにやって来たのは、年若い女性。


「はーい、授業を始めまぁッす。どーもどーも、半年間よっろしくー♪サーヤさんは統合生物学を担当してる、『サーヤ・V・バロッサ』だよーん」


 書生スタイル風の服装の上に、袖口を広く改造した白衣を羽織ったプラチナブロンドヘアの女教授が教壇に立つ。琥珀色の瞳が面白いものを見たかのように細まった。


「さて。君たちは『竜』についてどのくらい知っているかな?あぁ、伝説上の方でも良いし、近年観測されている方でも良いよ。でも、共通認識としてはトカゲが特殊能力持ったバカでかいやつと思ってくれていいからねー、っと」


 サーヤ教授は手元の空間に立体投影した3Dディスプレイを操作して照明を落とし、資料をスクリーンに投影した。


「—————『竜』。若しくはドラゴン。それは、人類史の成立以前より、世界のあらゆる地にて語られてきた伝説の爬獣。人々は超常たる存在のそれに畏敬を抱き、また憎悪の念によって己が身を竜そのものへと転じさせた。やがて科学技術が発達した現代で発生し人類が観測した竜は、多大な被害を生み出しながらも撃退され、その存在を世界連合総会にて取り上げられた。そして調査の結果、現代に蘇った伝承の存在であるドラゴンは、中生代の絶滅種である恐竜と共通の遺伝子情報を有していることが発覚。それ故、世界連合が公式認定した識別名称は『リターナー』」


 東京、京都、龍都など、日本各地に出現した巨竜たちの画像が次々に切り替わっていく。ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルス。様々な恐竜の面影があるリターナーたちが、映し出されては消えていく。


「古より甦った者、死と言う天命より醒めた者。この神秘的な新生物の謎を解明しうる————、かもしれないのが、サーヤさんが担当する統合生物学だよ。さてさてさてさて……前途有望な学生ちゃんたち、これから一緒に、楽しく、お勉強しようねー♪」


 教授。暗がりなのも相まって、スクリーンに映った笑顔、怖いです。それと楽しくお勉強とか言っておりますが、先輩方から伺った話だと貴女の授業超わかりやすい代わりにその倍はスパルタって噂なんですが、それは……。


「サーヤ・V・バロッサ教授、なぁ……」

「……星海?何か気になることでもあった?」

「……いや。ただ、あの女の経歴に引っかかる所があって。あいつ元々、KAISER BAVELワシントン支社の研究開発部主任だったらしいからさ」

「————、ああそう。そうなんだ。BAVEL社の……」


 もしかして、私たちの高校時代に起きたリターナー事件の真相、知ってたりするのかな。


「国も一企業を無碍にできないってか。ま、リターナーに有用な超兵器を作れるのは現状BAVELだけだからな。世界にリターナーが出てから売り上げは右肩上がりなんだろ」


 窓の外に視線を向けてみる。ガラス張りの摩天楼の合間から見えるのは東京の秋の空。そこを、電光掲示板を備えた飛行船がゆっくりと行き交っている。

 そのどれにも、KAISER BAVELという文字と、コーポレートロゴが刻まれていた。










 サーヤ教授が授業で言ったリターナーの説明は、現状最先端の報告や研究に裏付けられた、世間一般常識に知られたものだった。しかし、その説明ではリターナーの隠された真実の一部でしかない。


 世論では、リターナーは突然現出する身長2mほどの『怪人』か、10~50m級の所謂『怪獣』のことだとされている。実際、警察や自衛隊の陸上部隊が対処して撃退しているのは前者のサイズ。後者サイズだと、防衛軍が出動を要請されて大型機動兵器を用いて駆除される。

 ただし、どちらのリターナーであろうと、世界的大企業として名を馳せる『KAISER BAVEL ENTERPRISE』のリターナー研究部門が開発した特殊装備でなければ撃退できないという、とても不思議な特徴がある。

 現代兵器が効かないこのリターナーという怪物の謎を、わけあって私も追っていたりする。



『……よっと。んーっ』



 鉱石と一体化した大樹にも思える生命体が天高く聳え、青い葉が生い茂る森の中。その片隅にある掘っ立て小屋の扉を開けて、怪人の姿になった私は伸びをする。


『やっぱり、地球上では見られないこの景色は壮観だね』


 リターナーの手がかりを求めて様々な文献や世界各地の遺跡などを調査し、そして見つけた“異世界”に数か月の間足繁く通い、その結果判明したことがいくつかある。

 まず、ここはティアマト太陽系の第九惑星、現地の知的生命体の言葉では『』と呼ばれる星。地球の五倍の大きさと二十五倍の質量、約百倍の密度を持ち、公転周期は三千六百五十年もある惑星だ。

 地表面では火山や地熱活動が活発であり、大気成分は地球上の生命体では自然呼吸ができない過酷な環境。そして、超伝導物質で構成された岩が島となって宙に浮いているなど、地球上では見ることができない地理が特徴の、独自に進化した生命が溢れる稀有な星。


『異世界“ニビル”の前回離脱地点アンカーポイントに到着した。……じゃあここからは、なるべく異世界こっち側の言葉で話す』

(おう。にしても、お前が作った腹のデバイス……世界の壁を隔てても伝話機能に問題ないってスゲェな……)


 頭の中に星海の声が響いた。私は腹部にて鈍く光る、自作のテウルギアデバイスを見遣る。

 このシステムが世界と世界を繋いでいるおかげで、受信した星海の言葉が脊髄内を伝い脳内で翻訳可能となっている。過去の私の作品の中でも最高傑作と言ってもいい発明品の一つだ。

 ……まぁ。こんなんでも一応IQ590あるし?仮面のバイク乗りで改造人間のヒーローに比べたら知能指数が10足りないけども?それでも、オーバーテクノロジー開発を自力でできる腕はあるのは高校時代に証明済みだし。


 ————私を導いてくれた、には劣るのだけど。


『それもこれも、龍都にいた時に手に入れたテウルギアキーに由来するけどね』


 『アークオルテギア』。それが抵抗器サプレッサーでもあるこのバックル型ガジェットの名前。高校生の時、とある経緯でリターナーとよく似た姿になってしまった私が元の人間の姿に戻るため作り出した、変貌の補助をするための機械式生体器官。そして、テウルギアキーと呼ばれるオーパーツの力に対応するため開発されたデバイスでもある。

 長野県志賀高原の鉱山からしか産出されない、公的には未発見の元素であるアマダミウムとゲブロニウム、宇宙から龍都に堕ちて来たと言われるエンジェリックストーン、その他諸々を組み合わせて作ったコアパーツや外装部は、非実体状態では量子情報化され、私の遺伝子情報内に還元することができる。

 まぁ。本当の機能は別にあるのだが、それを使うような事態は極力避けたい。


『“アシャ……。バイジュシェドゥンガイユベ”』


 腹部に浮き出たアークオルテギアを体内に吸収し、鬱蒼とした密林の中にある、人為的に敷かれた石畳を歩く。


『“……!ダンイシュ。イブウドベ、イドゥエバン”』


 そうそう。夕立が来そうだし、ギアの中に量子格納していたフード付きコートを出しておこうっと。怪人態とは言え、あまり顔を憶えられたくないしねー。


(しれっと四次元ポ●ットとかアイテムボックス的なのを自前の技術力だけで作ったんだよなコイツ……)

『“オ?エファヤシェンムキベドンエカビコブフダファア、セカイ?”』

(いやぁ……。お前と俺とじゃ、同じ機能のモノ作るにしても使うテクノロジーが違うわ)


 星海と伝話機能で会話をしながら、フィールドワークを進めていく。道端に咲く刺々しい花の成分を採集したり、六本脚のリスに似た複眼を持つ小動物と戯れたり、埒外の物理法則が働く浮島に飛び移ったりと、この身体でしか味わえない体験をする。

 この世界で見るものすべてが地球上ではお目にかかれない、恐るべき神秘に満ちていた。


『“————、ム?……ガコア。バビカイシェ、ドシェバシェフ?”』


 水平線に薄ぼんやりと見えたのは、生活の灯り。体内でアークオルテギアの機能を起動させる。視覚にギアの力を共有して、フィルタリングとサーモグラフィーに組成分析機能、異法則鑑定能力を掛け合わせて見てみれば………。


『“ダンケダア。バイブエ、ドゥイブムバエバショエ”』

(……ご当地料理でも食うつもりか?)


 そうだね。久しぶりの街だ。情報収集がてら、寄ってみよう。

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