ひな祭りの子
石田宏暁
ひな祭り
僕の誕生日は三月三日だ。両親はいつも雛祭りのケーキで僕の誕生日を祝ってくれた。
苺とクリームたっぷりのケーキ。真ん中に、お内裏様とお雛様。桃の節句で女の子の日。
あれは小学三年生のことだった。共働きの両親と兄が疲れた顔をして食卓に顔を並べていた。
「また、ひな祭りのケーキだ!」僕は声を荒げた。「誕生日は毎年ひな祭りのケーキだよね。みんな名前入りのケーキで祝ってもらうのに、僕だけ、ひな祭りのケーキ。馬鹿にしてるよ。ママなんて、みんな大っきらいだっ!」
「時間がなくてひな祭りのケーキしか売ってなかったのよ。八つ当たりしないでくれる?」
「予約すればいいじゃないか。僕は女の子じゃない、男だ! こんなケーキいらない。今日は最悪の一日だよ!」
とにかくその日は腹が立って食卓のテーブルを叩いて、僕は自分の部屋へと逃げるように入った。
実のところ、その日は教室で僕の誕生日を発表された。今まで考えたこともなかったが、周りの友人たちに、からかわれて初めて気付いた。
『ぷぷっ、女子の日に生まれたから女の子っぽいんだな。あだ名も名前も女子っぽいもんなぁ、お前』
『アハハハハ、女々しいやつだもん。謎がとけた』
「僕は男だ」
『あはははは。五月五日に生まれれば良かったのにね。私のスカート貸してあげようか?』
『やーい、女、女!』
「僕は男だ!」
実の兄にいわれた言葉は更に追い打ちをかけた。『田舎のばあちゃんが言ってたけど、二人目は女の子が欲しかったんだってさ』
「……」
今になって思えば、僕は他の小学生に比べて目鼻立ちも良くて、天然パーマがカールして可愛かった。
それにいつも母さんには綺麗なハンカチとティッシュを渡されていたから、ちゃんと手洗いうがいを徹底していた。
他の男の子たちは、みんなトイレの後に手を洗わないのを僕は知っている。育ちが良すぎて、賢く清潔だった。つまり妬まれていたんだ。
僕はひとり、部屋で自分の机を見つめていた。傷ついた心と机を。
「……」
技術の授業でもらったノコギリと彫刻刀で、僕の机には酷い傷がついていた。危険な道具を渡された僕は、予習のため適当な材木を探した。
冒険が過ぎたことは認めよう。そのことで父さんにはネチネチと怒られたことを思い出していた。
『この学習机が一体いくらすると思ってるんだ?』と言われたが、罵倒されたり、怒鳴られたりするような叱られ方じゃなかった。
凄く冷静で優しかったのを思いだした。『正式なお詫びが聞きたいね。怒鳴られなくても分かるだろ』といわれた。まだ、ちゃんと謝っていなかった。
「ふうっ……ママも最悪の一日だった」机に座った僕に母さんが話しかけた。
「頼んだ商品と違うものが送られてきたってクレームがあって嫌な仕事をおしつけられたわ」母さんはベッドに座るとゆっくりと語りだした。
「……」
「さんざんお詫びして、そのあと会社に原因を聞いたら上司から間違ったメールがたくさん送られてきて自分の仕事は出来ないし、担当者の二人を呼んで話を聞いたら、揉めだして掴み合いになるし」
「……」
「止めに入ったら、その子の膝が太ももに当たって痣になったわ。それからよ、会社の始業ベルが鳴ったのは。ここからが酷いのよ――」
「さ、最悪だね。もういいよ」
「ふふふ、でも聞いて。だからってママはあなたに八つ当たりして怒鳴ったりした? ケーキが女の子向けの飾り付けだって別にいいじゃない。それで怒る方が男らしくないわよ」
「慰めにはならない」
「男だからって関係ないわ。雛祭りは立派な行事よ。お雛様だけじゃなく、お内裏様も沢山の召使いにお祝いされてる。自分だけの誕生日より賑やかで幸せな日だとは思わない?」
母さんの言葉が胸に響いた。すごく忙しいのに、ちゃんとケーキを用意してくれた。本当は嬉しかったから、よけいに友達や兄の言葉に腹が立った。すごく申し訳ない気がした。
「それに――流し雛って言って災いを請負ってくれる言伝えがあるのよ。八つ当たりも受け止めてくれるわね」
「へえ、じゃあ僕がさっき怒鳴ったことも流してくれるかな?」
「ええ勿論よ」
「僕が、友だちやお兄に言われて傷付いたことも請け負ってくれる?」
「そういうこと」
「な、なんて素晴らしい日だ」
「あはははは。じゃあみんなでケーキ食べましょう。戻ってパパとお兄ちゃんにも謝りましょう」
「うん! 机のことも謝るよ。一緒に流して貰える絶好のチャンスだ」
「あははは」
それから僕は愛する人に対して決して罵倒したり、怒鳴ったり傷つけたりしないと決めた。
どうあれ身近でせっかく僕を祝おうとしている家族や友人に不快な思いはさせないと決めたんだ。
疑ってるのか?
本当だぞ、みてみろ。
今は娘と息子のいる四十代の会社員だ。誕生日を迎えるたびに今はなき優しかった両親と、甘く美味しかったケーキを思いだす。
不景気で業績は悪化、中小企業はバタバタと倒産してる。取引先はカルト教団みたいに利益を譲らない。
でも僕は雛祭りの子だ。どんなに罵倒されたり傷つく言葉を言われても聞き流してやれる。
「おい。きみ――」部下に接する時はこうしている。「今回のミスは流そう。ほら、チョコをあげるから頑張れ」
これが結構うまくいくんだ。アシカに餌付けするのと同じさ。そのうち僕の為に、プールに飛び込んで鼻でボールを回しだすだろうね。
それはジョークとしても五人囃子や三人官女のように、僕の周りを華やかに飾って盛り上げてくれる。僕は雛祭りの子だから――。
ひな祭りの子 石田宏暁 @nashida
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