世界を救う勇者の育て方

桜辺幸一

おわりとはじまり

ある所に、正義感の強い少年が居ました。

彼の夢は伝説に語られる勇者のようになること。

そのために少年は日々鍛錬を重ねます。


ある日、少年の元へ国王の遣いがやってきました。

国王の遣いは言いました。


「勇気溢れる少年よ。私達は君の様な者が現れるのを待っていた。この国は長年、魔王の呪いに晒されている。どうか、魔王を打ち倒してもらえないだろうか。」


その願いに、少年は快くうなづきました。


「魔王を倒して、人々を救うんだ!」


少年はそう言うと、意気揚々と旅に出ました。



旅の途中、少年は戦士に出会いました。


「魔王を倒しに行くんだって?なら俺も連れて行けよ。魔王に俺の剣が通じるか試したいんだ。」


そう言って、戦士は少年の仲間になりました。


「ところで、戦士は魔王について何か知っているかい?」


少年は戦士に尋ねました。


「なんでも、町に魔物をけしかけて人々を襲わせているらしいぜ。なんて非道な奴だ。必ず俺が斬ってやる」


戦士はそう言って、ビュンッと剣を振りました。



少年達は旅を続けます。


旅の途中、少年は魔法使いに出会いました。


「魔王を倒しに行くのですか。なら私も連れて行ってください。魔王の持つ邪悪な魔力の源が何か、研究したいのです。」


そう言って、魔法使いは少年の仲間になりました。


「ところで、魔法使いは魔王について何かしっているかい?」


少年は魔法使いに尋ねました。


「なんでも、疫病や飢饉を流行らせて人々が苦しむ様を見ているそうです。なんて性悪なんでしょう。私の魔法で吹き飛ばしてやります」


魔法使いはそう言って、魔法の杖をブンッと振りました。



少年達は旅を続けます。


旅の途中、少年は僧侶に出会いました。


「魔王を倒しに行くのですか。なら私もお供させてください。魔王に心酔する者達に神の教えを説きたいのです。」


そう言って、僧侶は少年の仲間になりました。


「ところで、僧侶は魔王について何かしっているかい?」


少年は僧侶に尋ねました。


「なんでも、善良な市民を誑かして悪事を働かせているのだとか。なんと悍ましい。魔王には神罰が下るでしょう」


僧侶はそう言って、神に祈りを捧げました。



少年達は旅を続けます。


魔王の居場所は、誰も知りません。少年達は古い伝承を辿って魔王が住むと言われる城を目指します。


深い森を抜け、砂漠を踏破し、雪山を越え、


幾千の魔物を打ち倒した先に、少年達はついに、魔王の城へとたどり着きました。



「ここに、魔王が・・・・・・。よし!みんな!行くぞ!」


少年が一歩を踏み出そうとした、その時でした。

血気に逸る彼らの前に、鎧を着た者達が立ち塞がりました。


「何者だ!」


「……。」


鎧を着た者達は、何も答えませんでした。その表情も兜に隠れて見えません。


「そうか!お前達が魔王の親衛隊だな!覚悟しろ!」


少年達と鎧を着た者達の戦いが始まりました。

戦いは苛烈を極め、双方共に一人、また一人と傷つき倒れていきました。

それでもなんとか、少年達は鎧を着た者達を退けました。


「やった!魔王の親衛隊を倒したぞ!」


しかし戦士に魔法使い、僧侶は満身創痍です。


「く……、やられた……。」


「みんな!大丈夫か!?」


少年は戦士に駆け寄ります。


「大丈夫だ。けど、すまん。俺も魔法使いも僧侶も、皆もう戦えないみたいだ。後は頼む・・・・・・。」


「・・・・・・わかった!魔王は僕が倒す!」


「頼みましたよ。」


皆に見送られ、少年は独り、魔王の城に乗り込みました。


「おかしいな・・・・・・敵がぜんぜん居ないぞ・・・・・・。それに良く見れば城もボロボロだ・・・・・・。」


少年は城内を進みますが、人間どころか魔物の一匹さえ居ません。

そうして、少年はあっさりと魔王の玉座の間にたどり着きました。

少年は扉を開け放って言いました。


「魔王!お前を倒しに来た!お前の今までの悪行許しはしない!覚悟しろ!」


しかし、少年は玉座に座る魔王の姿を見て絶句しました。

痩せすぎた頬、落ち窪んだ目、干からびた肌。手足は既に――。

とても、まともに生きているモノとは思えません。

そして何より、その体は、太い太い鎖で玉座に縛り付けられていました。

朽ち果てた魔王は言いました。


愚かな■■ゆうしゃが現れたか。さあ、私を打ち滅ぼすがいい。」


魔王の様子に、少年は酷く動揺しました。

けれど相手は魔王です。

少年は剣を構えると、魔王に斬りかかりました。


「やあああああああああ!」


少年の剣は魔王を切り裂き、魔王はあっけなく・・・・・・本当にあっけなく倒されました。


「やった・・・・・・。魔王を倒したぞ!」


少年は仲間達の元に戻ると、大いに喜びました。

ただ一つだけ・・・・・・少年の心に残った疑念を無視したまま。



そして仲間達と別れた後、少年は故郷へと戻りました。

まず少年は、魔王を倒した報告をしようと国王への謁見を申し込みました。

謁見の許可が出るまでの間に、少年の噂は国中に広がりました。


「魔王を倒した勇者様よ!」


「世界を救った救世主だ!」


少年は市民の間で大いに祭り上げあられました。

皆が少年を称え、少年は国で一番の有名人になりました。

少年は皆に賞賛されながら、国王への謁見を待ちます。

少年は、待ちました。

しかし、それからしばらく経ったある日の事。

魔王討伐の報に沸く町に、不穏な空気が流れ始めました。



「魔王が倒されたはずなのに、南の村が魔物に襲われたらしい。」


「魔王が倒されたはずなのに、北の村で飢饉が起きたらしい。」


「魔王が倒されたはずなのに、東の村で疫病が流行っているらしい。」


「魔王が倒されたはずなのに、西の村が盗賊に襲われたらしい。」



そんな噂は、初めは小さく。けれどあっという間に国中に広まりました。

人々はヒソヒソと噂しあいます。



「魔王が居なくなったのに、どうしてこんな事が起こるんだ。」

「もしかして、魔王はまだ生きているんじゃないのか。」

「でも、魔王は勇者が倒したって。」

「もしかして、勇者が嘘をついているのかしら。」

「そんな、まさか・・・・・・。」

「でも、国王はまだ、少年を勇者と認めていないらしいぞ。」

「そもそも魔王を倒したって言ってるのはあの少年だけだ。」

「もしかして、少年は魔王に誑かされているのでは?」

「きっとそうだ。少年は魔王の手先なんだ。」

「そうだ。そうに違いない。」

「そうだそうだ!間違いない!」



少年はあっという間に怒れる国民に囲まれました。



「魔王の手先を捕らえろ!」

「よくも俺達を騙しやがったな!」

「この悪魔の手先め!」


国民は少年に襲い掛かりました。


「違います!僕は魔王の手先なんかじゃありません!確かにこの手で魔王を倒したんです!」


少年は必死に訴えました。けれど、国民は誰一人としてその言葉を信じてはくれませんでした。


「嘘を付くなこの悪魔め!」

「魔王は生きている!まだ倒されてなんかいない!」

「だって・・・・・・その証拠に・・・・・・。」



「我 々 は ま だ 幸 せ に な っ て な い 。」



・・・・・・。

そうして少年は人々に捕らえられました。

国民は少年を国に引き渡そうとしましたが、まだ確かな罪状を持たない少年を投獄する事は出来ませんでした。

人々は話し合いの末、太古の昔、罪人を幽閉していたとされる古城に少年を閉じ込める事に決めました。


「せめてもの情けで、一番広い部屋を使わせてやろう。」


少年は、城の中心に位置する部屋、そこにある椅子に、太い鎖で縛り付けられました。



・・・・・。



そうして、少年は独りになりました。

誰かが助けに来てくれるなんて希望は、とっくに捨てていました。

希望を持つには、少年はあまりに変わり果てた姿にされていました。彼の体はとっくに死に果てていて、それでも意識はそこにあり続ける、魂にまで及ぶ辱めでした。

絶望した少年は考えます。

どうして、こんな事になったんだろう。

独りきりの時間はとても長く、考える時間は無限にあり、答えを出すのは容易でした。


絶望した少年は考えます。

国民が、少年を襲った理由、とか。

魔王を倒したのになぜ国民は幸せになれなかったのか、とか。

盗賊が村を襲ったのは、本当に魔王のせいだったのか、とか。

疫病や飢饉は、その年の天候によるものなのではないか、とか。

魔物と呼ばれる生物は、ただ凶暴なだけの野生動物ではないのか、とか。

魔王は本当に魔王だったのか、とか。

魔王の親衛隊は、本当は何者だったのかとか。

国王が謁見を許さなかった理由とか。

でも、少年を襲ったのは、市民の総意であった事とか。

なぜ、戦士や魔法使いや僧侶はこの場に居ないのか、とか。

彼らが独りで魔王と戦おうとする少年を引き止めなかった理由とか。

そもそも彼らは「人々を救いたい」などと一言も言っていなかった事とか。

そして何より、自分が幽閉される事で、いったいという事とか。

そういった全てのものに答えを出して――。

そうして、少年は自らの望みどおり、



人々をすくう本物の魔王ゆうしゃになったのです。




つづく

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