Episode6 ラナンの契約

「……ラナン、あそこ。」


「うん、撃つよ。」


 茂みに隠れ、弓を引いて構える。

 矢の切っ先が木に止まっている黒い鳥に向く。


 空気が張り詰めた瞬間、軌道が繋がった瞬間に矢を放つ。

 飛翔した矢は、止まっている鳥の心臓部を貫いた。


「流石ラナン。本当に成長したねぇ。」


「えへへ、ありがとママ。」


 メイカは落下した鳥を拾い上げ、撃たれた部分をジッと観察した。

 この森で広く生息している幽闇烏ゆうあんからすと呼ばれる魔物だろう。身体を闇属性の膜で覆っており、気配を最小まで消している。


 矢が的確に心臓を貫いており、引き抜いてみると核に当たって止まっていた。魔物の核は魔力で強化されているため、基本的に普通の武器では破壊することは出来ない。


 なので持ってきたナイフで核をくり抜き、核と死骸を分けてマジックバッグに詰め込んだ。


「さて、次行こっか……ん。」


「…ママ。」


「うん、隠れて。」


 先に進もうと動いた瞬間、二人は何かの気配を感じ取った。すぐさま茂みに隠れ、気配を感じた方向を警戒する。


 しばらく見ていると、その方向がボワッと明るくなって来た。


「あれは…さっきの人魂?」


 木の奥から現れたのは、ついさっきロボットに焼かれていた人魂だった。正式名称は闇慈人魂あんじじんこん

 幸い二人には気づいていない様で、目的も無くフヨフヨ漂っている。


「あれ、弓矢で倒せるのかな…。」


「矢に光属性を付与したら行けると思うよ。そして実は、ラナンの持ってるイヤリングは持ってる武器にも効果があるんだよねぇ。」


「うわぁ高性能。じゃあ狙うね。」


 ラナンが弓を構えて人魂を狙う。急所は炎の中心にある核。これに光属性の矢を当てる事で、一時的に闇属性を無効化して炎を消すことが出来る。


 的は直径5cmに満たない核。さらに炎に阻まれ、的がゆらゆらとブレて見える。

 だが、ラナンにとってそれは障害になり得ない。


 ラナンは起動に風属性の魔石を使用している。風属性の魔石を使うと気配察知や空気の流れに敏感になり、物体の本当の姿を視る事が出来るのだ。


「……!」


 矢を放つ。

 空気を切り裂いた矢が、核に真っ直ぐ飛んで行く。

 そして、着弾した。


「───!?!?」


 人魂は驚いた様にその場でグルグルと回りだし、炎はジワジワと輝きを減らして行く。

 やがて完全に炎は消滅し、魔石だけが残った。


「ふぅ…やったよママ!」


「凄いよラナン〜!もう立派に一人前の狩人だねぇ!」


 メイカがラナンの頭を抱きしめて、わしゃわしゃ撫でる。メイカが胸に頭を引き寄せているため、ラナンは顔を真っ赤して慌てて離れた。


「ママッ!早く回収しよっ!」


「んふふ、そうだねぇ。」


 ササッと回収して空を見上げる。殆ど木で見えないが、隙間から日の位置を確認する。

 大体日没二時間前くらいだったので、一旦稼働させているロボットまで戻る事にした。




 ◆◆◆◆◆◆◆


 ─ピュンッ

 ─ドサッ


「わ、わぁ…。なんと言うか…地獄絵図?」


 二人は無事ロボットの場所まで戻って来たのだが、ロボットが倒した魔物の死骸がそこら中に散乱していた。


「死体が残る放置ゲーは地獄だから出来るだけ辞めておこうか…。さて、回収して帰ろっか。」


「うん。手伝うよ。」


 それから二人で魔物の死骸を集めた。その数16体。それに二人が狩った烏、人魂、その他3体を合わせて合計21体の素材が集まった。

 それら全てをマジックバッグに詰め込み、変わりに車モドキを取り出した。


「そろそろ日没だねぇ…。…ねぇラナン、ちょっと寄り道しても良い?」


「うん?良いよ。」


「ありがとね〜、すぐ着くから。」


 車モドキのエンジンを付け、帰り道より少し外れた道を進む。道とは呼べない斜面を登りどんどん奥に行くと、次第に木が減って崖に出た。


「ここは…?」


「あっち、見てみて。」


「ん……うわぁっ」


 メイカに言われてそちらを向くと、日が沈みそうになっていた。その場所が丁度山と山の間で、お椀に入った様に見える。

 下には複数の村や町が見え、先ほど行っていた『反照の樹林』も全てを一望することが出来る。


「昔たまたま見つけてさ。村も町も日没も見ることが出来る…いい場所でしょ。」


「うん、凄い…。でも、なんでここに?」


「ん〜。可愛い娘と楽しいことを共有したいと思っただけだよ。ふれあいの時間ってやつ。」


「ふ、触れ合い!?」


「…なんかエッチなこと考えてるでしょ。交流の時間って意味だからね?」


「………。」


 恥ずかしいのか夕日に照らされてか、顔を真っ赤にしたラナンの隣でぼーっと没する日を眺める。


 しばらくそうした後、日没を見届けてから二人は帰路に着いた。


 家に着いたのは昨日より早めの時間。まだ店の灯りが付いていたため、店側から入った。

 カウンターにはローズが座っており、土人形達が遊んでいるところを眺めていた様だ。


「ただいまローズ。」


「ただいまお姉ちゃん!」


「おかえり〜。晩御飯まで時間あるから、自由にしてて。」


「「は〜い。」」


 晩御飯まで自由時間になったため、メイカは倉庫に素材を置きに行った。


 実は、マジックバッグは中身の時間が十分の一で流れるという特製がある。これに詰めておけばほぼ新品に保てるのだが、素材を入れたまま使えるほど容量が無い。

 そのため魔石と素材を分けて、基本的に魔石は倉庫の中に保存し、素材は氷属性を放つ木材で作った冷蔵庫に入れておく。


 これによってマジックバッグの容量を空けつつ素材を保存しているのだ。

 そこそこ時間があったので全ての魔石を剥がし、素材を冷蔵庫に放り込んだ。


 手を洗ってリビングに行くと、美味しそうな匂いが充満していた。


「今日はスープだよ。お肉いっぱい入ってるやつ!」


「うぉ〜、美味しそう。食べよっか。」


「そうだね〜。」


 合掌して食べ始める。

 赤っぽいスープから肉を取り上げると、スープ鳥絡んでトロトロになっていた。

 なぜこんな肉があるのか聞くと、どうやら二人が居ない間に狩猟会の人が鹿肉を持って来てくれたらしい。


「ちゃんと契約守ってくれる人ばかりで、私は満足してるよ…。」


「…契約?」


 すると、メイカから契約という単語が出てきた。お肉を貰った事と契約に何の因果関係があるのか疑問に思ったラナンが二人に聞く。


 答えは単純だった。

 らしい。人手不足を補うために狩猟会に人形を造って欲しかったらしいが、高額故に全員分のお金を集めても足りなかったらしい。


 そのため、足りない分を補う条件としてを付け足して契約成立となったらしい。


 ラナンはその話を約八年間で始めて聞いたため、そんな契約をしていたのかと驚いていた。

 思い返せば、苔の生えた屋根や軋む扉など、ダンの家は人形が買えるとは思えないほど質素だった。


「そこまでしてラナンを造って欲しかったってことだよ。正直不足分のお肉は貰ってると思うんだけど、未だに分けてくれるんだよね。本当にありがたいよ…。」


「そっか、ダンさん達……ねぇママ、お肉持ってくる係、これからは私もやって良い?」


「私達は構わないけど…詳しいことは狩猟会の人達と話し合って決めてね。」


「うん!絶対係に入れて貰う!そしたらママとお姉ちゃんに会いに来れるよね!」


 その未来を想像したのか満面の笑みになったラナン。メイカとローズは優しい目で見つめながら。


「じゃあ、待ってるね。」


 と答えた。

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