Episode4 川の字

「ここが製糸場だよ。まぁ従業員は一人だけどね。」


「それは工場を名乗って良いんですか…?」


 木工所を出た二人は、途中でお昼休憩を挟みながら製糸場までやって来た。

 外見は小ぢんまりとした木造の一軒家だが、その中では中立的な魔物や魔蟲を利用して強力な糸を作っている。


 扉を押して入るとそこは布や糸を販売している販売所になっていた。店の奥からは、糸を生み出す魔蟲が放つ特有の臭いが漂っている。


「こんにちは〜。シェリーさん居る〜?」


 メイカがカウンターから名前を呼ぶと、ガチャガチャと音が鳴った後に暖簾を押しのけて女性が現れた。

 白い髪を後ろで束ねて、シンプルなエプロンを着けている。


「あらぁメイカちゃん、いらっしゃい。そっちの可愛い娘はどちら様ぁ?」 


「この娘は私の造った娘、名前はラナンだよ。」


「よろしくお願いします。」


「うんうん、よろしくねぇ。造ったという事は、これが噂の人形さんなのねぇ。…本当に人間みたいだわぁ。」


 ラナンの手を取ってまじまじと顔を凝視してくるシェリー。全体的にほわほわとした雰囲気で、ラナンは親のメイカより母性を感じた。


 それから自己紹介ついでに色々と話して、シェリーとラナンはメイカの話で盛り上がった。共通の話題があるのは仲良くなるのに十分な理由らしい。


「それでねぇ、合って早々土下座でお願いして来たのよぉ。『制作に私の糸を使わせて下さい!』ってね。それで慌てて立たせて、『普通に使って貰っていいから!なんなら定期的に卸すから!』なんて私も自分のキャラを忘れて言っちゃって、それからの付き合いなの。」


「母上…なんで初対面の人に土下座するの…。」


「してみたかったんだもん。確かその時鍛冶屋の前で土下座して弟子入りをお願いする場面を見てさ、ドラマみたいで憧れたんだよね!」


 懐かしい物を見た様にうんうんと頷くメイカを置いて、シェリーとラナンは話を続けた。


「まぁでも、その時は嬉しかったんだけどね。ゴーレム使いのメイカと言えば異次元の技術を持ってるって有名だったから、そんな凄い人に自分の作った糸が認められた!って。」


「確かに私は割と何でも自分で作れるけどさ、その道を極めた人には勝てないんだよ。ゴーレム魔法以外は器用貧乏って言うかさ…。だから、私の持つ人脈で最も優秀な糸作り職人を探して、それでシェリーが見つかったって訳。」


「そこまで言われると照れちゃうわねぇ。あっとそうだ、そろそろ用事を済ませた方が良いんじゃない?」


 外を見たシェリーが、思い出した様に話を変えた。釣られて二人も外を見ると、辺りは薄っすらと赤みを帯びて来ていた。

 引き取りをお願いすると、シェリーはにっこり笑って店奥に走っていった。


 しばらく待つと、腕に糸の入った籠と大量の布を抱えたシェリーが戻って来た。それをマジックバッグに入れ、硬貨を出して清算する。


「それじゃあ、また来てねぇ。ラナンちゃんも、いつでも遊びに来て良いからね。」


「また遊びに来ます。ありがとうございました!」


「じゃね、シェリー!」


 それだけ言うと、身を翻して帰りの道を歩き始めた。ここからだと帰りは数時間歩きになる。辺りは既に暗くなり始めており、少し急いで帰らないと真夜中になってしまいそうだ。


 ラナンが急いで帰ろうとすると、メイカに後ろから掴まれた。


「ラナン、こういう時はこれの出番だよ!」


 そう言ってマジックバッグをゴソゴソ探り出すと、中から車の形をした岩の塊が現れた。


 点検する様にペタペタと触り異常が無いかを確認したメイカは、ラナンに向かってドヤ顔でこう言った。


「フッ…乗りな、我が娘よ。」


「最初からこれ使えば移動楽だったんじゃ。」


「…………」


 最愛の娘にジト目で論破されたメイカは、工房に帰るまで泣きながら帰った。




 ◆◆◆◆◆◆◆


「帰って来た〜。素材集めはやっぱり疲れるねぇ。ラナンもお疲れ。」


 工房に到着した二人は、長い階段を残った体力を振り絞って登って来た。辺りは真っ暗である。

 ちなみに車モドキは階段を登れないため、マジックバッグに押し込んである。


「はぁ、はぁ。うん、疲れた。明日も続きするんだよね?」


「そうそう。でも明日は楽だと思うよ。森とか洞窟を歩いて魔物を倒すだけだから。」


「…それは世間一般では楽じゃないらしいよ。」


「それは世間がおかしい。」


「そっか(?)」


 完全に疲れている人達の会話である。さっさと倉庫にマジックバッグの中身を放り出して、裏口から工房に入った。


 リビングに着くと、テーブルの上の灯りだけ付けられていた。そしてそこには、二人用に作られた晩御飯と、腕を枕にして眠ってしまったローズの姿があった。


 時間は真夜中。二人が帰って来るまで待っていようとリビングに居て、そのまま寝落ちしてしまったのだろう。


 メイカはローズの頭を優しく撫でて、起きない位の声量で囁いた。


「ただいまローズ。お留守とご飯、ありがとね。」


「あ、私も。ありがとローズお姉ちゃん。」


 その言葉に、心なしかローズの口角が上がった様に見えた。


 メイカはそのままローズを抱え、近くのソファに寝かせた後毛布をかけた。二人で晩御飯を食べたあと、寝る準備をする。


「あ、ローズどうしよう。部屋に連れて行ってあげたいけど、起きちゃいそうだからなぁ。」


 せっかく気持ちよさそうに寝ているのだ。部屋まで運んで起こしてしまったら可哀想だろうと考えたメイカは、布団を人数分持ってきてリビングに敷いた。


「ラナン、ローズもここで寝ちゃってるし、今日は皆で一緒に寝ようか。」


「…! 寝る!」


 ローズを右の布団に寝かせて、メイカは真ん中に寝転んだ。そして最後に、ラナンがおずおずと布団に入った。


「…あ、それ。」


「うん、これが無いと寝れないから…。」


 ラナンは布団の中でリスのぬいぐるみを抱いていた。昔メイカがラナンのために作った物だ。


「大事にしてくれてて嬉しいな。これからも大事にして上げてね?」


「当たり前だよ。ママから貰った物なんだから。」


「そっか。」


 それから二人はしばらく話した後、明日のために寝る事にした。


 ところで余談だが、ラナンはとても寝相が悪いのである。

 翌日、メイカがお腹に強烈な蹴りを喰らって目覚めた事は、ぐっすり眠っていたローズは知る由もない。

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