Episode2 到着

 丁寧に舗装された道を歩く。

 ダンの家からメイカの工房まではそこまで離れていない。山奥と村なので離れてはいるが、ラナンが歩けばせいぜい四時間程だ。

 既にかなり歩いて来たラナンは、残り山を登るだけとなっていた。工房はすぐ目の前だ。


「うぅ…体力はあるとは言え、この階段はキツイよぉ…。…ちょっと休憩してから行こう。」


 近くの手頃な岩に腰掛け、酷使した足を揉む。山の上を眺めると、遠くに見える工房からは煙が登っていた。

 しばらく座っていると回復してきたので、また歩き始めた。




 ◆◆◆◆◆◆◆


「はぁ…はぁ。…着いたぁ!おぉ…?なんか綺麗になってる…かも。」


 ようやく我が家に辿り着いたラナンは、肩で息をしながら久しぶりの家を見ていた。昔に比べてツタや苔が除去されて綺麗になっている。


 息を整えて扉に手をかける。手を手前に引くと、扉は抵抗無くするっと開いた。鈴の音が鳴る。


 ─チリン


「いらっしゃいま──おぉラナン!久しぶりだねぇ!」


「た、ただいま。」


 開けたそばからメイカに迎えられた、笑顔で。久しぶりの母親を見たラナンは、懐かしさと顔の良さにだんだん顔が熱くなった。


「帰って来たんだねぇ。しばらくここに居るの?」


「うん。一週間くらいは居るつもりだよ。」


「楽しくなりそうだねぇ。あ、ちょっと待って、ローズおいで!ラナン帰って来たよ〜!」


 そう叫ぶと、店の奥からガタガタと音がした。しばらく待っていると、バタバタと足音を立てながらローズが店奥からやって来た。

 まだ昼食を作っている最中だったらしく、青色のエプロンを身に付けている。


「ラナンだぁぁ!!!!久しぶり!!!」


「テンション高いねぇ…。まぁ皆が帰って来ることってあんまり無いからなぁ。」


 カウンターに肘を付いて、足をパタパタ動かすメイカ。送り出した娘を思い出す様に目を細めてニコニコ笑っている。

 思い出しているとメイカも感情が昂ったのか、手を伸ばしてラナンの頭を撫でた。


「ほぁ…。………ふへへ。母上ぇ。」


「…む、ラナン。私のこと昔みたいに呼んでくれないの?」


「……それは、その、恥ずかしいと言うか…。」


「…そっか、寂しいな…?」


「うぐぅ………。」


 ラナンの手を両手で握り、寂しそうな顔を浮かべるメイカ。美人の涙と言う精神がジリジリ削れる物を見て、ラナンは羞恥を押し殺して言った。


「…………ママ。」


「〜っ!!ラナァン!!可愛いよぉぉ!!もう一回言ってぇぇ!!」


「…ッ…ママ!!」


「ラナン可愛い。でも、ご主人は自重して。ラナンに甘くない?」


 ラナンは押せばイケる。造りの親であるメイカは、それを良く知っていた。

 いつもはクールに見せようと頑張っているが、本当は寂しがり屋で甘えん坊なのだ。


「クールがデレるのは可愛い。異論は認めん。つまりラナンは可愛い最高。」


「もうやめてぇ…」


「ご主人、ラナンが限界そうだからそこら辺で。」


「は〜い。」


 その後、ラナンはリビングに通された。テーブルにつくと、先ほどから漂っていた良い匂いの正体が配置されて行った。


「う〜ん、美味しい。ローズお姉ちゃんの料理、やっぱり美味しいなぁ。前より美味しくなってる気がするよ。」


「趣味で作ってるからね。ラナンは最近調子はどう?食べながら聞かせてよ。」


「私もラナンの活躍聞きた〜い!」


「うん!私もいっぱい話したいことあるんだ。」


 ラナンが狩猟会のダンに引き渡されてから、約8年は経っている。地球では小学一年生が卒業して中学校を進級する程の長さだ。互いに積もる話もある。

 三人は食事を食べ進めながら、これまであった事を話した。


 例えば、初めて狩猟会の人と会った時のこと。この今は違うが、少し前までは仕事は男の仕事と言う考えが根付いていた。そのため、狩猟会に入ったラナンに執拗に絡んでくる輩も居たのだ。

 そして、事ある毎に絡んでくる二人組にキレたラナンが、狩猟対決を行って勝利。逆ギレして殴りかかってきたそいつらをボコボコにして泣かせるという事件があった。


 狩猟会でも力自慢として有名であり、また他者を見下した発言で嫌われていたそいつらは、赤っ恥を掻いたことと肩身が狭くなったことから狩猟会を抜けたらしい。


「それからなんかおかしくなった。皆変な目で見てくるんだ。」


「そりゃラナンは可愛いから。」


「ご主人それしか語彙無くなっちゃった?」


「うん。」


「でも、変な目…。ラナンは見た目はエルフで美人だし性格も可愛いし、実力もある。あとおっぱい大きい。見たことないから断言は出来ないけど、尊敬か欲望かでしょ。」


「おっぱ……欲望?」


「うん、つまりエッチな視線。」


「エッ?!……ふぇぇ。」


 思い出話をしていたはずが、突然話題が良くない方向に向かった。欲望の視線を向けられているのでは無いかと言われた瞬間、ラナンの顔が茹で蛸の様に真っ赤になった。

 想像してしまったのか、誰が居るわけでも無いのに胸を隠す様に腕を交差させた。


「まぁでも、襲われることは無いでしょ。ダンさんはそこら辺ちゃんとした人だし。絡んだ人がどうなるかは見せてる。それに、何のために契約書があるのかって話だしね。」


「ん、そうだね。そう考えると、ラナンの話に出てきた力自慢達が図らずも見せしめになってたって訳だね。」


「だからまぁ、多少不快なだけだから。こう言ったらなんだけど、美人に産まれたからには見られるのとセットなんだよねぇ。…ラナン、これから我慢出来そう?」


「うん、ちょっと距離感変わるかもしれないけど、我慢出来るよ。ママにも、この顔で生んでくれて感謝してるよ!」


「あぁ〜ラナン!ぎゅってしてあげる!」


「……ほぁぁ。」


 ムギュムギュと顔に押し当てられる柔らかさを感じながら、ラナンは再び顔を真っ赤にした。

 こうして、食事の時間は楽しく過ぎて行った。

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