第8話

「ま、まさか本物!?」

「貴女、この私に情報が入っていないとでもお思いで?」


 怪盗ステラは、『偽物』に詰め寄る。

 その間、ノアを始めとする警備隊たちは呆然としていた。


「怪盗ステラ、やっぱり美しいな……」

「あの『偽物』も充分綺麗だよな」

「推しが『偽物』を問い詰めてるぞ」

「絵画のような光景だ」


 暇人たちである。


「えぇい! 怪盗ステラを真似するなんて許せん!」


 唐突に、ノアが大声を発した。

 ツカツカと歩いてきて、『偽物』へ指を突きつける。


「こいつを捕まえろ!」

「はっ!」

「待ちなさい」


 警備隊が動こうとすると、怪盗ステラが立ち塞がった。


「人が話しているときは、その間に割り込んでこないこと。教わらなかったんですの?」


 鋭い眼光で、彼らを睨みつける。

 その恐怖に打ちのめされた彼らは、「はい……」と縮こまった。

 ノアと共に、部屋の隅で大人しくなる。

 借りてきた猫の状態とは、このようなことを指すのだろう。


「それで?」


 怪盗ステラは、再び『偽物』に向き直った。


「私の名をかたって予告状を出したこと、教えてもらえるかしら?」

「……目立ちたかったのよ」


 彼女は、しゅんと肩を落とした。

 仮面の下で、綺麗な空色の瞳が揺らめく。

 その色の美しさに、その場にいた者たちは息を呑んだ。

 

(リリィの瞳には敵わないがな)


 ノアは変なところで張り合った。


「怪盗ステラみたいに目立ちたかった。なら、偽物になれば目立てるようになるかもって」

「なるほど」


 怪盗ステラは、納得したように頷いた。

 その拍子に、美しい黒髪がさらりと肩から落ちる。

 どれだけ美しい『偽物』でも、やはり怪盗ステラの美貌には勝てない。

 それを、警備隊たちは間近で感じさせられた。


(やはりリリィが一番綺麗で美しくて可愛い)


 ノアは、心の中で推しを拝み続けている。


「でも、私の真似をしても貴女は美しくなれませんわよ」

「なんで!?」

「私の美は、私だけのもの。それは、貴女にもあるのではなくて?」


 怪盗ステラは、『偽物』の頬に触れた。

 黒い手袋越しとはいえ、細い指がそっと彼女の頬を撫でる。


「その瞳、とても美しいですわ。貴女は貴女らしく、理想の怪盗になりなさい。そちらの方が美しくいられますわよ」


 怪盗からのアドバイス。

 それを受けた『偽物』は、目を輝かせた。


「お姉さま……! 一生ついていきます! ファンクラブにも入ります!」

「あら、お姉さまなんてお恥ずかしいですわ」


 うふふ、あははと笑い合う二人。

 その光景を見ていたエリックとノアは、わなわなと肩を震わせた。


「か、怪盗がもう一人ですって……?」

「僕の推しにライバル出現だと!? これはアツい展開になったぞ!」


 ノアの叫びは、ただのファン目線だった。

 そんな呑気な名探偵の頭を、弟子は思いっきりはたいた。


「そんなこと言ってる場合じゃありません!!」





「おかえりなさいませ、旦那様」


 怪盗ステラに関する報告書を書き上げ、ようやく帰宅したノア。

 そんな名探偵を待っていたのは、愛する妻だった。


「ただいま、リリィ」


 ノアは微笑むと、その手をそっと取った。


「バルコニーに行こうか」





 月が輝く夜だった。

 夜風に当たりながら、ノアは上着を脱ぐ。


「まさかの展開だったぞ」


 脱いだ上着を、リリィの肩にかける。

 リリィは、くすりと笑った。


「その方がおもしろいでしょう?」

「おもしろいってな……」


 ノアは、呆れたように力なく笑った。


「おかげで、仕事が二倍になりそうだ」

「それは、申し訳ありませんでしたわね」


 リリィは、月を見上げた。

 輝くそれに手をかざして、淡く微笑む。


「もし彼女が悪意を持っていたのなら、ぶっ飛ばしていましたわ。でも、彼女には希望がありましたの。その希望を、捨てさせることはできませんでした」

「そうか」


 リリィの怪盗業に理由があるように、きっと彼女にも理由があったはず。

 その結果が、『怪盗ステラの真似』ということになってしまったのだ。

 それを、リリィは咎めなかった。

 反対に、アドバイスをした。

 それはきっと、リリィなりのエールだったのだ。


「彼女のためを想ってのことだったのだな。我が妻は、とても慈悲深い」


 ノアは、リリィの肩を引き寄せる。

 美しくて、魔法の使い手で、何事も熟す完璧な妻。

 愛おしくてたまらないと、ノアは愛を明らかにする。

 その愛を受け取ったリリィは、ふふっと笑った。


「旦那様は、私のことが大好きですわね」

「当たり前だろう。リリィのためなら何でもするし、『怪盗ステラ』のグッズだって大量に持っているのだからな」


 ふふんと胸を張っているが、『怪盗ステラ ファンクラブ公式グッズ』はリリィに何の利益もない。

 ちなみに、ノアの部屋には怪盗ステラグッズが大量に飾られている。

 少し気持ち悪い気がすると、使用人たちの間では噂されているほどである。


「そんな旦那様のことを想ってのこともありましたのよ」

「え?」


 まさか、何かあるのか!?

 期待を込めて、ノアはリリィを見る。

 しかし、バサッ。

 ノアの目の前を覆ったのは、一枚の紙だった。

 

「こ、これは?」


 紙をはがしたノアは、まじまじとその書面を見る。

 並ぶ数字の羅列、文字の多さ。

 ノアの額に、つぅと冷や汗が流れる。

 何を隠そう、それはヴァイス家の明細書だった。


「旦那様が使ったお金の明細ですわ。怪盗ステラグッズに、私への贈り物……。ご自分の物ではなく私のためにお金を使ってくださるのは、その、嬉しいことですが」


 リリィは、若干顔を赤らめる。

 しかし、可愛いとノアの顔が緩んだ途端、それは般若の顔に変わった。


「使いすぎですわ!!」

「ごめんなさいぃぃ!」


 まさか、こんなに使っていたとは。

 思いもよらぬ金額に、ノアは恐れおののく。

 やはり、『推し活』はお金がかかる。

 リリィへの愛課金に、怪盗ステラへの課金。どちらもお金、お金、お金。

 それらにつぎ込むお金を、もっと稼がなくては。


 ……ん?


 そこで、ノアの天才的な頭脳が動いた。

 領地経営のために必要なお金。

 推しのために必要なお金。

 そして、『そんな旦那様のことを想ってのこともあった』というリリィの発言。

 ま、まさか……。


「まさか、リリィが『偽物』を説得した理由って……」

「彼女はきっと、私のライバル怪盗になりますわ。そうしたら、名探偵ノア・ヴァイスは捕まえなければなりませんわよね。そうすると……?」

「……働くということだから、報酬が発生する」

「つまり?」

「稼ぐことができます……」

「正解ですわ!」


 リリィはにっこりと笑った。


「稼いでくださいませ、旦那様。『怪盗ステラ』を捕まえる報酬に加えて、もう一人怪盗が増えるんですのよ? お金がっぽがっぽですわ!」

「……僕の妻は、家計のことを考えてくれて最高だよ」


 力なく笑うノア。

 ちなみに、名家であるヴァイス伯爵家はお金に困っているのではない。

 ただ、当主の『推し活』軍資金が多いだけである。


 楽しそうに笑うリリィは、月よりも輝いているように見えて。

 ノアは、そんなリリィの額にそっと口付けた。


「たくさん稼いで、君を幸せにするから」

「もう充分、幸せですわ」


 リリィは、幸せそうに微笑んだ。


 愛妻だが、仕事はまた別の話。

 怪盗の華麗な盗みを、いつか絶対捕まえてやるのだから。

 ただ、今は幸せに浸っていたい。

 推し怪盗で、溺愛妻のもとで。





「……敢えて怪盗ステラを逃げさせて、報酬を長引かせるっていうのはアリなのでは?」

「犯罪一歩手前のようなことは許しませんわ」

「怪盗に言われたくないな」


 探偵と怪盗の溺愛物語は、彼らの中でずっと続いていく。

 

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探偵の溺愛している妻が、実はライバル怪盗だった件について nano @nanohanabatake24

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