第6話
「いいか! 出入口を固めるんだ!」
とある貴族の屋敷。
そこでは、名探偵ノアが指揮を執っていた。
ノアがいる部屋は、『乙女のティアラ』が置いてあるところ。台座にうやうやしく置かれたその前には警備隊が立ち、そのすぐ傍には持ち主の貴族がいる。
「ノア殿。怪盗ステラは本当にやってくるんですかい?」
「えぇ。彼女が予告通りに来なかったことはありませんから」
警備隊に囲まれた屋敷は、厳重な警備が敷かれていた。
と、そこへ。
「旦那様」
鈴を転がしたような声が響いた。
ハッと振り返ったノアの目の前にいたのは、妻のリリィだ。
綺麗な銀髪をなびかせて、淑やかに立っている。
「リリィ!? なぜここに!」
「エリック様にお願いされましたの」
「はい、僕が頼みました」
どうやら、エリックがリリィに協力を頼んだらしい。
リリィの後ろから、ひょこりと顔を覗かせたエリック。
誇らしげに胸を張る彼を差し置いて、ノアは慌ててリリィの手を取ってその場を離れた。
「なぜ!?」
人が少ない場所に行ってから、なるべく小さな声でリリィを問い詰めた。
リリィは困ったように、頬に手を当てる。
「だって、旦那様の雄姿が見られると聞いて、待っていられませんでしたの」
「……そうか。そうだな」
愛する妻にそう言われて、まんざらでもない名探偵。
嬉しそうに何度も頷くノアなど目もくれず、リリィはそっとノアの耳に口を近づけた。
「エリック様がしつこかったんですの」
「え?」
「『貴女の力が必要だ』って聞かなくて。もしかしたら、疑われているのかもしれませんわ」
目がハートになっていた名探偵の瞳が、すぅと鋭い光を帯びる。
「だから断れなかったんですの。どうすべきでしょう?」
「リリィは『偽物』に会いたいんだっけ?」
「えぇ」
リリィは、ぐっと握った拳を顔の前まで持ってきた。
力強く握られたそれは、わなわなと震えている。
「この手でとっちめてやりますの。でも、こうなってしまっては出られませんわ。正体がバレてしまいますもの」
エリックの采配によって、リリィは現場に出てきてしまった。
そうなると、『怪盗ステラ』になることは難しい。
その場を離れる訳にはいかず、かといって人前で『怪盗ステラ』になる訳にもいかず。
ただ、『偽物』はこらしめたいのだ。
「では、こうしよう」
ノアは、真剣な瞳でリリィを見た。
「これからリリィは、体調不良で早退することにする。帰ったフリをして、『偽物』を待つんだ」
「ですが、警備が厳重なのでは?」
「なぁに、リリィのために手は回しているさ」
ノアは、前髪をはらりとかき上げた。
「屋根裏の窓が開いている。『怪盗ステラ』は魔法陣で現れるから戸締りは意味を為さないと言って、そこは閉めさせなかったんだよ。そこから入ればいい」
「……」
「どうだい? 完璧だろう?」
鼻高々に自慢する名探偵。
そんな彼を見て、リリィは思わず目を細めた。
「さすがですわ。でも、それで旦那様が罰を喰らったりしませんこと?」
ノアは、探偵として怪盗を捕まえることが仕事。
その仕事の一環である警備を態とせずに、そこから忍び込むように言っているのだ。
もし知られてしまったら、立派な共犯である。
「問題ないさ」
ふふん、とノアは笑った。
「愛する妻のためなのだ、何も問題はない」
「……問題ありそうですけれど」
「いいんだ。もしバレたとしても、探偵をやめてリリィと田舎でのんびり暮らすさ」
「旦那様……」
リリィは、ノアの手を取った。
ぎゅっと握りしめ、上目遣いでノアを見上げる。
ドキュンと射貫かれた、単純探偵ノア。
そんな旦那へ、リリィは囁いた。
「完全共犯を望みますわ」
「え?」
てっきり礼を言われると思っていたノアは、目を点にする。
リリィは、骨が軋むくらいノアの手を握りしめた。
「探偵ができなくなってしまったときの家計を考えたことがありますの? 領地経営が潤っているのは、探偵業のお金のおかげなんですのよ。探偵をやめられたら困りますわ」
「リ、リリィ……」
ごもっともである。
涙目の旦那へ、リリィは喝を入れた。
「偽物を捕まえる、完全共犯を心がける、エリック様にバレない。これが、今回のミッションですわ! 心してかかりませね!」
「は、はい……」
妻には弱い名探偵。
ふるふると震えながら、ただ頷くことしかしていなかった。
先ほどの威勢はどこへ行ったのやら。
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