第5話
晴れた日のこと。
買い物に出ていたリリィが帰宅すると、エントランスで執事が待っていた。
「あら。どうかされましたの?」
壮年の執事は、うやうやしく頭を下げる。
リリィは買ってきた物をしまうよう指示を出しながら、執事に問うた。
「旦那様のお弟子様がいらしております。奥様はまだお目にかかられていないので、ご挨拶されるかの確認にまいりました」
「お弟子さん?」
きっと、この前『怪盗ステラ』を追い詰めたときにいた弟子だろう。
怪盗ステラとしてはもう会っているが、リリィとしてはまだ顔合わせもしていない。
そのため、リリィは少し首を傾げて見せた。
「はい。お会いになられますか?」
「えぇ、そうしますわ。旦那様の大切なお弟子さんですものね」
「ごきげんよう」
茶会用のドレスに着替えたリリィは、応接間に入った。
ドレスの端をつまんで、丁寧にお辞儀をする。
「ノア・ヴァイス様の妻、リリィ・ヴァイスですわ。えぇと……」
「リリィ! よく来てくれた! ほら、こっちにおいで」
紹介してくれるよう、リリィはノアに目線を向けた。
しかし、返ってきたのは大歓迎の言葉。
こんなのが伯爵家当主で、名探偵でいいのか。
大好きな夫だけれど、偶に心配になる妻・リリィである。
「エリックです、奥様。ノア先生の弟子をやらせてもらっています。以後、お見知りおきを」
ソファから立ち上がったエリックは、リリィに向かって優雅に礼をした。
良くできた青年だ。
評価がぐっと上がったリリィは、扇子を広げる。
そして、口元を隠しながらエリックに囁いた。
「貴方、このままあの人の弟子を続けますの? よろしければ、独立できるよう斡旋しますわよ」
「それは良いお考えですね。ちょうど、そうしたいと思っていたところでした」
「おい! 何をコソコソとやっているんだ!」
ノアがずかずかとやって来て、リリィの肩をぐいっと引き寄せた。
「エリックだとしても、リリィはやらないぞ!」
「ご安心を。僕にはもう婚約者がいますので」
「あら、それはおめでたいことですわ」
「だよな、エリックには婚約者が……って、婚約者いるのか!?」
良い反応である。
エリックは、大きな口を開けて笑い出した。
きっと、彼はノアの弟子でいることが嫌という訳ではないのだろう。
こうして揶揄うと、ノアの反応は非常におもしろい。
探偵業のときのクールさからかけ離れているからこそ、このような間抜けな姿が引き立つ。
それが、探偵ノア・ヴァイスの魅力なのだ。
「それで、エリック様はどうしてうちに来られたんですの?」
「実は、これを持って来たんです」
エリックが指さしたのは、テーブルの上に置いてある書類。
リリィが見ても問題ないとのことだったため、リリィは遠慮なく見せてもらうことにする。
ちょうど侍女がお茶を運んできたのをいいことに、ノアの隣に腰を下ろした。
『本日の真夜中、「乙女のティアラ」をいただきにまいります』
「これは……?」
「ある貴族に送られてきた、怪盗ステラからの予告状です」
(こんな予告状、出していませんわ)
リリィは心の中で呟いた。
星空のカードは、確かに『怪盗ステラ』のもの。
だが、リリィは出した覚えがない。
つまり、これは偽物だということ。
「『乙女のティアラ』って、扱いが難しいと聞いたことがありますわ」
ここで、この予告状が偽物だと言う訳にはいかない。
リリィは焦りを見せずに、いたって普通に言葉を発した。
「はい。女性の方しか触れないというものです。だから、とても困っていて」
エリックは、あははと笑った。
「僕と先生は触れないんです。王国警備隊も、男性ばかりなのでどうしようかと。……あ、そうか!」
乙女のティアラは、男性が触れないことで有名な物。その気難しい物を盗むということは、偽物は女性か。
そんなことを考えていると、エリックがぱちんっと指を鳴らした。
「奥様! ぜひ現場に来られませんか?」
「え?」
「奥様は、有能で魔法の使い手だと聞きました。それに、先生の大ファンなのでしょう? 身近で仕事姿が見られるチャンスですよ!」
「あら、それは良いですわね」
良くない。
偽物を暴いてとっちめたいのに、警備隊などの大勢の前に出れば、とっちめることができなくなる。
どうやってごまかそうか。
リリィは、淡く微笑みながら回避策を練る。
しかし、そのとき。
「だめだ!」
今まで黙っていたノアが、突如大声を発した。
リリィを引き寄せて、エリックを睨みつける。
「男だらけの場所に、可愛いリリィを連れていけない!」
「……はぁ」
「女性しか触れない物なくても、魔法でなら触れるだろう。それなら、魔術機関の者を借りていく。だから、リリィを危ない目に合わせることは許さん!」
「確かに、そうですね」
エリックは、素直に頷いた。
「言っていることは真面で、探偵らしいことも言っているのに。なんで、こんな残念なイケメンなんでしょうね」
「あ? 何か言ったか!?」
「こんな旦那様ですけれど、よろしくお願いしますね」
「はい」
「こら、エリック! 僕のリリィと楽しく話しやがって!」
偽怪盗ステラ、絶対に許さない。
リリィを真似するなんて、何十年も早いのだから!
ノアは、やる気で煌々と燃えるのだった。
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