第4話
「そこまでだ!」
怪盗ステラを追い詰めた。
見習い探偵エリックと、王国警備隊の隊員たち。
その大勢の先頭にいるのは、もちろん国一番の名探偵ノア・ヴァイスだ。
いつものように人差し指を突きつけ、かっこいいセリフを吐く。
……はずだった。
「ここまで来たら、もう逃げられないぞ! ……う、美しい」
「何言ってるんですか!」
長い黒髪に、黒い仮面。黒い大きな帽子にマント。
唯一、瞳だけが青く煌めいている。
怪盗ステラのあまりの美しさに、目をやられた名探偵。
瞬間、弟子にポカッと頭をはたかれる。
「早く捕まえないと、逃げちゃいますよ!」
「……そ、そうだな! 大人しくお縄につくのだ!」
「どこの世界の言葉ですか、それ」
エリックがため息を吐く。
この場にそぐわない探偵師弟の会話に、警備隊たちはあきれ顔だ。
そんな姿を、怪盗ステラは無言で見ていた。
「……つまらないですわ」
ふと、そう口にした怪盗は、なにかを投げた。
ノアは、慌ててそれをキャッチする。
手の中に収まったのは、本日のお宝『ピンクダイヤ』だった。
「いらないのか?」
「えぇ。欲しいものではありませんでしたので」
怪盗は、長く艶やかな髪を一気にかき上げた。
雲に隠れていた月が、そろりと姿を現す。
月は、怪盗ステラの背後にそっと浮かび上がった。
「それでは皆さま、ごきげんよう」
怪盗ステラは、優雅に礼をする。
それと同時に、彼女の足元に大きな魔法陣が描き出された。
「逃げるぞ!」
「転移魔法だ!」
「なんとしてでも止めるのだ!」
警備隊は、怪盗の魔法を止めようと一気に駆け寄る。
しかし、怪盗ステラの魔法の方が早い。
警備隊が彼女に辿り着いたときには、既にその姿は消えていた。
「くそ、逃がした!」
「魔力の跡を探るんだ!」
色々な声が飛び交う中、ノアはダイヤを持ったまま突っ立っていた。
*
「珍しいじゃないか。その場で返すなんて」
事後処理を行い、屋敷に帰宅する。
侍女にコートを渡すと、そのままリリィの部屋へ向かった。
「あら。お帰りなさいませ」
リリィが『怪盗ステラ』であることは、この屋敷の従者たちは知らない。
知っているのは、ノアの側近とリリィの侍女の2人だけ。
そのため、ノアはできるだけ小さな声で問いかけた。
「狙っているものではありませんでしたの」
怪盗服から着替え、部屋着になっているリリィ。
リリィは薄く微笑むと、テーブルに用意されていた茶器を手に取った。
コポコポと紅茶を2つのティーカップ注ぎ、1つをノアに差し出しす。
ノアは有難く受け取って、リリィの向かいのソファに腰かけた。
そして、リリィをじっと見つめる。
「怪盗ステラの特徴は2つだ。人に盗まれたものを盗み返す『盗み』と、自分が盗んだものを返してくる『盗み』。盗んだものを返してくるのは、いつも後日のことだった。今日、その場で返したものは、何か理由があったんだろう?」
紅茶のカップを口に運ぶ。
アールグレイに入れられたミルクの優しい甘さが、体に染み渡っていくようだった。
「狙っているものではなかった……その理由では、納得してくれませんか?」
「あぁ。だって、明らかに不満そうな顔をしていたぞ」
宝石を投げ返してきたとき。
怪盗ステラの顔は、どこか不満そうだったのだ。
「貴女のことが心配なのだ。なんでも話してみよ」
探偵は、怪盗の心に話しかける。
国一番の大人気名探偵の赤い瞳に見つめられて、怪盗はたじたじだ。
やがて、『推し』の圧に負けたリリィは、紅茶のカップを見下ろした。
「……ですの」
「ん?」
「だから!」
リリィは、顔を上げた。
カップを置いて、ふんとそっぽを向く。
「嫉妬、したんですの!」
「し、嫉妬?」
思わぬ言葉にぽかんとするノア。
顔をぽふんと真っ赤にさせたリリィは、ソファのクッションを抱きしめた。
「貴方が、楽しそうにエリック様とお話しになるから! 私の前で仲良くされているのが、気にくわなかっただけですわ!」
顔をクッションに埋めて、叫ぶリリィ。
耳まで真っ赤なのが、よく分かる。
そんな妻の姿に、ノアは悶えた。
「リ、リリィ~!」
なんだ、この可愛い生き物は。
ノアはカップを置いて、テーブルを飛び越えた。
リリィの隣に座ると、恥ずかしがる妻をぎゅっと抱きしめる。
「可愛いなぁ! 今日も僕のリリィが一番可愛い!」
「や、やめてくださいませ!」
リリィはじたばたとするが、ノアは離さない。
いつも体術ではリリィに負けるのに、こういうときだけは強い。
愛の力だろう、たぶん。
「僕は、リリィが一番だよ」
「……本当ですか?」
「あぁ。エリックとは比べ物にならないくらい貴女が好きだ」
「エリック様が不憫ですわ」
「貴女は僕にどうしろと!?」
ノアの腕の中で、リリィはくすくすと笑った。
「私も旦那様が大好きですわ」
ノアを見上げたリリィ。
その頬は赤らんでいて、青い瞳は嬉しそうに瞬いていた。
「……探偵とは、苦痛な仕事だな」
「なんです、急に」
「こんなにも愛しい妻を捕まえなければならんのだぞ。苦痛だろう!」
ノアなりの愛の伝え方。
愛する妻へ向けて、最大限の愛を。
「探偵をやめたら、ヴァイス家は破綻します。がんばってくださいませ」
「……はい」
しかし、その言葉は『愛』として伝わらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます