第3話
「怪盗ステラは、不要な物は盗みませんの」
優雅なお茶の時間。
綺麗に整備されている庭で、ノアとリリィはお茶を飲んでいた。
「不要な物?」
「えぇ。だって、それを盗んでしまえば犯罪でしょう?」
「……不要じゃなくても、盗めば犯罪なんだがな」
ノアはやや呆れながら、紅茶を飲む。
そんなことには気にも留めず、リリィは優雅にフルーツタルトを口に運んだ。
「大切な物が盗まれた人の物、私腹を肥やしている貴族のいらない宝などを盗んでいますの。持ち主に返しているのだから、盗みにはなりませんわ」
「なるほど」
ここで納得してしまうのが、妻大好き探偵である。
探偵ならば、この時点で『盗み』と判断して捕まえるべきだろう。
だが、彼の頭の中にはもう『怪盗ステラを捕まえる』という考えはないらしい。
溺愛は恐ろしいものである。
「それは、家業なのか?」
「はい。我がファルテ家は、長女が怪盗の役目を担うのです。そう、『正義の怪盗』として!」
リリィは誇らしげに胸を張る。
怪盗に正義も何もない気がするが、その言葉を聞いているのは、妻大好き探偵だ。
つまり。
「なるほど、正義の怪盗か!」
妻の言うことは、全て正しいのである。
*
「怪盗ステラ、参上いたしましたわ」
月夜の街。
大きく輝く月を背に、話題の怪盗が姿を現した。
艶やかな黒髪は風に泳ぎ、仮面の下では青い瞳がゆらりと煌めく。
彼女の姿を一目見ようと、民がずらずらと立ち並んでいた。
「ステラさまー!」
「こっち向いてください!!」
「怪盗ステラ、好きだー!」
黄色い歓声が飛び交う中、1人の青年が人込みを分けるように歩いていた。
誰かを探しているのだろうか、あちこちに目線を送る。
やがて、探し人を発見したらしい。
青年は、1人の男のコートを掴んだ。
「ちょっと師匠! 皆と一緒に騒いでいる暇はありませんよ!」
「おぉ、エリック。少し待て、怪盗ステラの美しさをこの目に焼き付けるのだ」
「何言ってるんですか! 行きますよ、ノアさん!」
エリックと呼ばれた青年が掴んだのは、ノア・ヴァイスだった。
この名探偵は、怪盗ステラファンに交じって歓声を送っていたのである。
ちなみに、『怪盗ステラ、好きだー!』と叫んだ声の持ち主だ。
「まったく。ライバルに向かって歓声なんか上げちゃって」
「いいか、エリック。『推し活』と『仕事』は……」
「一緒にしちゃいけないんでしょ。何回も聞きました」
もはや、どちらが師匠なのか分からない。
正直なところ、エリックは心配なのだ。
頭はいいのに、こんな間抜けな探偵のもとに付いたのは間違えだったのではないかと。
「怪盗ステラは、捕まえないところにロマンがある」
「僕、この人の弟子やめようかな」
エリックは、割と本気だった。
「あそこです!」
この国の王国警備隊。
彼らは、国の犯罪などを管理している機関だ。
怪盗ステラを捕まえるのは、この警備隊の隊員たち。
そこに協力しているのが、名探偵ノア・ヴァイスだった。
「怪盗ステラ、今日こそは捕まえてやる!」
建物の上に、マントを風になびかせて立っている怪盗。
その姿を捉えたエリックは、気合いを入れて駆けていく。
本来なら、エリックに負けないくらいの勢いで怪盗を追いかけるノア。
しかし。
「怪盗ステラを……僕が、捕まえるのか?」
ノアは、また葛藤していた。
探偵として怪盗を捕まえるのか、夫として妻を庇うのか。
彼にとっては一大事である。
怪盗を捕まえるのが仕事。
だが、愛しい妻を捕まえるなんてできない。
だからと言って、『捕まえるのはやめよう』とは言えない。それこそ、不審がられてしまう。
結果。
「か、怪盗ステラー。今日こそ捕まえてやるー」
棒読みでエリックの後を追うことにしたのだった。
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