第2話

 怪盗ステラは、謎の美女怪盗である。


「あの黒髪が本当に素敵なのよね」

「仮面の下の瞳が、私を見ているような気がしたの!」

「怪盗ではあるが、あの美しさは最高だな」

「去り際のセリフが何とも言えない気品さなのだ」


 国内の劇役者より、吟遊詩人より。

 最も大人気でファンクラブまで出来上がっているのが『怪盗ステラ』だ。




「い、いや。髪色がリリィとは違う、だからリリィは怪盗ステラじゃないはず……」

「髪色なんて、魔法でちょちょいのちょいですわ。往生際が悪いですわよ」


 ノアの探偵業。

 それは今まで『怪盗ステラを捕まえること』だった。

 捕まえるために奔走し、ありとあらゆる作戦を立て、何度も負けながらも挑み続けてきた。

 しかし、それも今日でおしまい。

 なぜなら、愛する妻が『怪盗ステラ』だったのだから。


「これから僕はどうすればいいんだぁ!!」

「私を捕まえればよろしいのでは?」

「それはだめだ」


 ノアは、真剣な瞳をリリィに向ける。

 その横顔は端正なもので、国中の女性が黄色い歓声を上げることだろう。

 しかし、残念。

 プライベートでは意外と残念な男・ノアは、妻リリィにぞっこんである。


「君は捕まってはいけない。捕まってしまったら、リリィと一緒に過ごすことができなくなる」

「それでは、貴方のお勤めが危ういのではなくて?」

「そうなんだよなぁ!!」


 葛藤する男・ノア。

 国一番の頭脳を誇り、名探偵とまで謳われている男。

 そんな男が死にそうなくらい悩んでいることは、愛する妻のこと。

 可愛げがあるようで、ないような。


「心配なさらずとも、私は捕まりませんわよ」


 リリィは不敵に笑った。


「安心してくださいませ」

「国のためには捕まえるべき……。でも、僕はリリィと愛しい生活を送りたい……。あぁ、なんて人生だ!」


 彼の葛藤は、いつまでも続く。



 *



 怪盗ステラは、腕利きの魔法使いだ。

 魔術師団が魔法で捕まえようとしても、その魔法を簡単に打ち消してしまう。

 逃げるときには、高度な転移魔法で颯爽と逃げる。

 その鮮やかさに、うっとりする人々が続出しているらしい。


「僕も、『怪盗ステラ推し』なんだ」


 葛藤から抜け出し……いや、葛藤を投げ出したノア。

 彼は、非常に真剣な顔で腕組みをした。


「ライバルながら、魔法の腕前や窃盗の技術に圧倒されてな。その美しさに感嘆したのだ」


 ちなみに、怪盗ステラファンクラブ会員番号5番だ。

 そう言ってノアは誇らしげに胸を張る。


「怪盗を捕まえる探偵が、そんなことを仰ってよろしいですの?」

「『推し活』と『仕事』は別物だ。推しがいるからこそ仕事が頑張れるのだ」

「はぁ」


 リリィは、扇で口元を隠した。

 怪盗という犯罪をしているが、彼女のファンは多い。

 その賞賛を目の前で浴びたのだ、恥ずかしいのだろう。

 堂々とした怪盗姿からは見られない、恥ずかしがり屋な一面である。


「でもな、これだけは言っておきたい」


 ノアは、リリィの手を取った。


「僕は、『リリィ』のことが好きだ。『怪盗ステラ』だからじゃない、リリィ本人を愛しているんだ」

「……っ」


 顔が熱い。

 リリィは扇で顔まで隠す。


「わ、私も」


 消え入りそうな声。

 怪盗ステラとは思えない、乙女な声であった。


「あなたのことが好きですわ。ですから……」

「リ、リリィ!」


 ノアは涙を浮かべて、リリィを抱きしめようとする。

 しかし。


「最後まで話を聞きなさい! お母上様に習いませんでしたの!?」


 リリィはノアを避け、扇でばしんっと頭をはたいた。

 さすが、怪盗。

 時には魔法以外の攻撃も受けることから、体術は一通り嗜んでいるだけある。

 ノアの頭は、スパコーンッと叩かれた。


「うぅ」

「話す気が失せましたわ。席を外させていただきます」

「そんな!」


 ノアが絶望を浮かべている間に、リリィはさっさと自室へ帰っていった。

 残されたのは、情けないノアと2枚のカード。

 2枚の。


「これ、は?」


 ルビーのような色合いのカードと、煌めく星空のようなカード。

 そこには。


『名探偵ノア・ヴァイス ファンクラブ 会員番号27番』

『貴方の心、奪わせていただきますわ。 怪盗ステラ』


「な、なんだこれは! 宝物ではないか!!」


 ファンクラブカードと、怪盗ステラの予告状であった。

 恥ずかしがり屋怪盗の、精一杯の『愛』である。


「愛しのリリィ! 待ってくれ!」


 私室を飛び出して、妻を追う旦那。

 探偵のプライドはどこにも見当たらなかった。

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