お内裏様とお雛様

紫月音湖*コミカライズ・電子書籍配信中

第1話

 私には苦手な人がいる。

 同じクラスの織田おだ威李叉いりさ。もう名前からして無駄に威嚇されていそうだ。何でも彼のおばあさんがイタリア人だかフランス人だか……その辺りはよく知らないけど、外国人の血を引いているらしい。そのせいか彼の髪の毛は、まるで脱色したみたいに明るい茶色をしている。

 不良というほど素行が悪いわけでもないけど、気軽に話しかけるにはちょっと勇気のいるタイプだ。綺麗な顔をしているのに、いつも不機嫌そうに眉を顰めているので、正直もったいないとは思う。

 その目立つ容姿や雰囲気以外にも、私には織田君が苦手な理由がある。それは。


「今日の日直は……お! ひなまつりペアか」


 授業の終わりに先生がそう言うと、クラスの皆が一斉に笑った。

 そう。これこそ、私が織田君を苦手とする最大の理由なのだ。


 織田君の名前は、織田おだ威李叉いりさ

 私の名前は、比名ひなまつり。

 二人合わせて、お内裏様とお雛様……って、誰が最初に言い出したのか、もう忘れてしまった。私の名前でひなまつりとからかわれることは日常茶飯事だったけど、まさか高校に入って、そこにお内裏様が加わるとは誰が予想できただろう。っていうか、無駄に語呂合わせがよすぎると思う。

 おかげで何かにつけて織田君とペアにさせられてしまうのだ。皆絶対、面白がってやってる。何なら先生も楽しんでる気がする。


「じゃあ、ひなまつりペア。すまんが、この荷物を資料室に戻しといてくれ」


 そう言うと先生は段ボールを二つ、ドンッと教壇に置いて教室から出て行ってしまった。今日の授業は終わりだし、この後は掃除とSHRだけだから急ぐこともないのだけど……。男子たちのからかう声に恥ずかしさが込み上げてきて、私はわざと音を立てて椅子から立ち上がった。

 名前のことを言われるのは慣れてるし、もう嫌とも思わなくなったけど、織田君と一緒にからかわれるのは何だか少し落ち着かない。嫌ではないけど困るというか、恥ずかしいというより居たたまれないというか……よくわからない感じだ。

 少しもやそわ(もやもやそわそわ)した気持ちのまま段ボールをひとつ持つと、意外と重かった。


「比名さん」


 名前を呼ばれて振り返ると、いつの間にか織田君がすぐ後ろに立っていた。彼は背が高いから、並んで立つと見上げる形になってしまう。私が平均身長より低いというのもあるんだけれど。


「な、何?」

「それ、ちょうだい。比名さんは、あっち」


 あっち、と指差されたのは、もうひとつの段ボールだ。その意味を考える間もなく、織田君は私の手から段ボールを取ると、そのまま教室を出て行ってしまった。慌てて残りの段ボールを持って後を追うと、織田君はもう三階へ続く階段を上っていくところだった。


「待って待って!」


 足早に後を追うと、織田君は階段の途中で足を止め、私が追いつくのを待っていてくれた。眉間にはしわが寄ってるけど。


「……ありがと」

「何が?」

「段ボール。重いほう、持ってくれて」

「別に」

「……」


 会話が続かないのはいつものことだ。今まで何度もペアを組まされてきたけど、織田君と会話が弾んだことは一度もない。かといって無視されることもないんだけど、この微妙な距離感に私はいつも戸惑ってしまう。


「毎回毎回、皆にからかわれて……本当やんなっちゃうねー」

「あー……まぁ、そう?」

「織田君がガツンと言ってくれたら、皆やめてくれるかもしれないよ」

「いいよ、そういうの。めんどいし」


 そう言って、織田君はため息をこぼした。

 織田君みたいに普段寡黙な人がビシッと言ってくれたほうが迫力あっていいのに、彼はどこまでも事なかれ主義のようだ。怖そうな名前と見た目からは大違い。少しでも期待した私が悪かった。

 そう心の中で悪態をつきながら、私は織田君を追い抜いてガンガンと階段を上っていく。


「じゃあいいよ。私から先生に……」

「俺は……比名さんといるほうがいい」

「えっ!?」


 びっくりして振り向くと、一段下にいた織田君とバッチリ目が合ってしまった。西日にキラキラ光る薄茶色の髪。よく見ればその瞳も若干茶色みが強いことに気付く。外国人の血が混ざっているせいで王子様みたいに見えなくもない織田君の顔を間近に見てしまい、私は体中の熱が一気に上がったのを感じた。

 おまけにさっき織田君が言った言葉が耳の奥に残ってそわそわする。聞き間違いじゃなければだけど……でも、それはどういう意味なのだろう。友達として? それとも……。

 混乱する私をよそに、織田君は何事もなかったように階段を一段上る。目線が離れ、足元が近付く。同じ階段に並んで立った瞬間、ふと織田君が何かに気付いたように「……あ」と小さく声を漏らした。


「リアルひなまつり、だ」


 そう呟いて、織田君は本当に淡く――よく見ないと気付かないほど繊細に微笑んだような気がした。


 階段で立ち止まる私と織田君。

 それはまるでひな壇に座るお内裏様とお雛様みたいで……そう思った途端、私の心の中には桃の花が一斉に花開いてしまった。



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