五人囃子殺人事件

たかぱし かげる

名探偵近衛少将と愉快な犯人(怒)ことの顛末

 ひなまつりも間近に控えたある日のこと。

 雛壇の下でひとつの落死体が見つかった。


 どうやら豪華な七段飾りのどこかから、誤って落下した哀れな被害者のようである。


 しかし、果たしてこれは事故であろうか。

 近衛少将このえのしょーしょーはひとり遠い被害者を眺めつつ首をひねった。

 ちなみに、近衛少将というのは弓を持ってる雛人形の若いほうだ。そう説明されれば、まあ分かる人には分かるだろう。


「――なんてこったい!」


 鋭い近衛少将の耳は、ちょうど上の段でざわめきが起きるのを捉える。

 ふむ、とひとつぶやきした近衛少将は段をよじ登った。


 ちなみに近衛少将の相棒たる近衛中将このえのちゅーじょーは最近とみに老いが進んでいるようで、どうせ遺体にも騒ぎにも気づいていないだろう。

 雛壇の反対で昼寝している姿だけ確認。ボケた老人など事件解決の足手まといでしかないので捨て置くにかぎる。


 ひとつ上の三段目では、五人囃子連中が騒いでいた。


「いかがした?」


 手近な五人囃子のひとりに尋ねる。ちなみに、近衛少将はこいつら五人の見分けがあまりつかない。全員が同じ小童ガキに見える。


「あー、弓の人~。ちょっと聞いてよ~。なんか俺ら、四人しかいなくて~」


 近衛少将は、きりっとした眉をあげた。

 そして、目の前で騒ぐ五人囃子をひいふうみいと数えてみる。


「確かに。四人囃子になっておるな」

「ぴゃあー!」


 騒ぐ四人囃子と違い、近衛少将はまったく慌てなかった。

 下にはひとつの遺体。そして四人になった五人囃子。

 もはや推理するまでもない。


「五人目ならあそこだ」


 近衛少将が下を指差す。その指を追って四人囃子が遥か下を見た。


 無惨な落死体。


「ぴいぇああああ!」


 恐慌をきたす四人囃子を近衛少将は叱り飛ばして落ち着かせた。


「して。あの哀れな五人目は誰じゃ?」


 縮こまった四人囃子は、そっとお互いの顔を窺う。


「えっと~、誰だろ?」

「オレじゃないぜ」

「僕も違う」

「分かんないな」


「……お主ら、同僚も把握しておらんのか」


 近衛少将は頭を抱えた。

 しかし、まあしょうがない話でもあった。そもそもこの雛飾りの持ち主である人間が雛人形をあまり分かっておらず、毎年適当に並べられているのだ。

 自分のこと以外あやふやであってもむべなるかな。


「致し方ないな」


 セオリーに従うのなら、ここで遺体検分を行い、被害者や状況を調べるべきなのだろう。

 が、近衛少将も所詮は雛人形である。遺体のところへ下りていったら、またこの雛壇へと上がってこられるか分からない。

 戻れなくなるのは、普通に嫌だった。


「ふむ。なれば」


 あやふやな記憶を手繰って、いなくなった五人目を推量するしかない。


「……五人囃子、お主らには確かとびっきりのおっちょこちょいがおったな」


 おっちょこちょいが誤って段から落ちたというのなら、これはただの不幸な事故だ。


「え?」

「とびっきりの?」

「おっちょこちょい?」

「いたか?」


 四人囃子は揃ってはてなマークを頭に浮かべている。


「おったろう。ひとりだけ楽器を持ち忘れた、おっちょこちょいが」


 五人囃子の中にぼさっと座ってるだけのやつがいた、と近衛少将の記憶が言っている。


「ちっっげーわ!」


 やや目つきのするどい童子が激昂した。


「オレはボーカル担当! 楽器持ち忘れじゃねーよ!!」


 どうやらおっちょこちょい改めボーカル担当の四人囃子は、いなくなっていないらしい。


「しかしな。雛人形はお主以外全員なにかしら持っておるぞ?」


 なんなら姫たるお雛様すら扇をお持ちである。

 そんななかで唯一手ぶらとは。


「被害者でないなら、お主まさか下手人か?」

「なんでそーなる!?」

「己れの無手を苦にし、隣の楽器を羨み、奪わんと凶行に及んだのではあるまいか?」

「するか!!!」


 近衛少将としては疑わしいと思えるが、それでもまだ被害者すら判明していない現時点での断定は時期尚早であろう。


「まあよい。被害者がおっちょこちょいでないとすれば」


 おっちょこちょい改めボーカル担当が歯軋りしながら睨んできたが、近衛少将はあまり気にしなかった。


「……確か、五人囃子には、笛がおったな」


 記憶の底をなんとか浚って近衛少将が言うと、笛を携えた少年がおずおずと手を挙げた。


「あ、はい、たぶんそれ僕です」


 先程から騒がしい四人囃子の中では比較的大人しい子のように見える。

 静かで目立たないかもしれないが、しかし五人囃子の中では唯一笛を携えるという個性を備えた少年である。

 いなくなっていれば気づくというものだ。


「ふむ。被害者でなくて重畳だ」


 となると。残りの五人囃子のメンツといえば。


 これは厄介なことになった、と近衛少将は思う。

 残りの三人といえば、確か似たような鼓を持った三人ではなかったか。


「五人もいて三人が鼓とは……お主ら少々偏っているのではないか?」


 いやまあ、玄人が見ればいずれも違った鼓なのだろうが。


「えっと、さっきから気になってるんだけどさー」


 鼓を抱えた童子が言う。


「なんじゃ。言うてみい」

「俺たち鼓班はいま二人なんだけど~、鼓は三個あるんだよね~」

「は?」


 どうやら重要な証言だ。近衛少将は急いで確認した。

 童子が抱えた鼓がひとつ、童子が肩に乗せた鼓でふたつ、床に置かれた鼓がみっつめ。


 童子ふたりに鼓はみっつであった。


「なるほど。かようなわけか」


 多くは楽器を手に持つ五人囃子の中で、唯一楽器を置いて演奏している子供。

 それは、すなわち太鼓だ。


「えっ、ということは」

「あれ、太鼓なのかよ!?」

「太鼓ちゃん!?」

「あああ」


 誰かも分からなかった割に、四人囃子たちはわあわあと喚き出す。


「だって、太鼓の野郎は一番年下で!」

「僕のことをお兄ちゃんって」

「なんでだよお、太鼓!」

「うわーん」


 だったらもっと早く気づけよ、と思わないでもない。

 とうとう全員が「自分が太鼓と一番親しかった」などと言い出すに至り、おそらく太鼓は五人囃子の中で一番社交的な性格で、皆とそれぞれ仲良くしていたのだろう。


 もしこれが故意の事件であるならば、動機はその辺りであろうか。

 他の誰かと親しげな太鼓の姿に嫉妬し、己れのものにしようと迫り、揉み合ううちに転落。

 …………うん、なさそう。


 一番幼かったという太鼓である。好奇心から下を覗き込み、転落。

 こちらの方がよほどありそうである。


 近衛少将が事故ということで帰ろうか、と思っていると、下に見える太鼓の遺体を偲んでいた四人囃子がざわざわと騒ぎだした。


「ねえ、弓のおにーさん」

「む、なんだ?」

「ちょっと変だよ~」

「なにがだ?」

「オレらの帽子って三角で小さいじゃん?」

「まあ、そうだな」

「あの遺体の帽子、長い」

「は?」


 慌てて近衛少将は遥か下へと目を凝らした。

 正直、遠くてはっきりとは分からないが。


「言われてみれば、長い飾りがあるように見えるな」


 とんでもない新発見である。

 もしそうなら、あの遺体は五人囃子ではありえない。


「では一体誰だ」


 もちろん自分である近衛少将ではないし、近衛中将でもない。じじいは下の段で居眠り中だ。

 雑夫である仕丁どもは、そもそも帽子を被っていないから違う。


 ……ということは……?


 近衛少将は、ばっと振り返り、仰ぎ見た。


 いない。雛飾りのあるじたるお内裏様のお姿が、一番上にない!


 同じく上を上を見た四人囃子たちも騒ぎ始める。


「え! えっ!  ええーっ!?」

「あれ、男雛なのかよ!?」

「うっそ!? うっそ!? うっそー!」

「ひいいいお内裏様が死んじゃったあああ」


 謎はさらに深まった。

 落ちて死んだお内裏様。そして、消えた五人囃子の太鼓役。


 いや、しかし。まさか。これは……。


 嫌な予感を抱いたまま、近衛少将はもう少し首を巡らせた。

 そーっと、男雛の右隣、女雛のあるべき場所へと目を向ける。


「あー、ぼく幸せだなー、こーんなキレイなお姉さんとお話しできるんだもん」

「うふふふふふ、キレイだなんて、そんな(ぽっ)」


 女雛の膝に頭のっけてにこにこしながらナンパしてるガキと、赤くした顔を扇で隠しながらまんざらでもない風にくねくねしてるお雛様がいた。


「……まじか」


 さしもの近衛少将も顎が外れそうだった。

 それでも近衛少将の頭脳は高速回転する。

 これらの状況から導き出される答え。つまりそれは。

 五人囃子の太鼓がひとりで最上段へ登り、隙をついて男雛を蹴り落とし、邪魔者はいなくなったとばかりに女雛を口説いている、と。


「魔性の甘えん坊か、あいつは!?」


 他の四人囃子たちも上の有り様に気づき、揃って「ぴゃー!」と飛び上がった。


「た、太鼓おお~!」

「なんてこった!」


 この事態は、果たして自分の手に負えるのだろうか。近衛少将にも自信がない。


 しかもこれで終わりではなかった。

 何気なく下を見た四人囃子が悲鳴を上げる。


「どうした!?」

「ああああれ……う、動いてる!」


 見れば、すっかり死んでいると思った男雛がもそもそと体を起こすところだった。


「死んでなかったあああ!」


 ふらふらと立ち上がった男雛は、不審そうに辺りを見回す。

 己れの背後にある雛飾りの緋毛氈を見上げ、おもむろに取りつき登り始めた。


「うわあああ、帰ってくるー!」

「弓の人ー、弓の人ー! 早く! あれ射って! 止めて!」

「よしきた。って、できるか! それがしが下手人になってしまう」

「だめだよ~、上に戻ったら、修羅場だよ~」

「まずいまずいまずい」


 四人囃子と近衛少将がパニックに陥り騒いでいるうちに、男雛は輿入れ道具を乗り越え、嫁入り道具を跨ぎ、仕丁らに恐縮され、近衛中将を起こせず、とうとう三段目へと至る。


「弓のおにーさん、とにかく足止めして!」


 四人囃子に背を押され、近衛少将は男雛の前に立ち塞がる羽目になった。


「ざ、暫時、暫時!」


 近衛少将はばたばたと手を広げて気を引きながら、とりあえず足止めの台詞を叫ぶ。

 どこかぼんやりした男雛の目が、必死の表情で立つ近衛少将を見つめた。


「……そちにちとつかぬことを尋ねおるが」

「はっ」

「さて、朕は誰で、ここはどこでおじゃる?」


 落ちた衝撃で記憶喪失してる!!


「や、さて、某には、どうにもこうにも……」


 近衛少将は口ごもって目をそらした。

 男雛が悲しそうな顔になる。つと、顔を外に向け、どこか遠くを見つめた。


「朕、何処いずこへか還らん……」


 その潤んだ目が置き残された小道具の太鼓にふと留まる。


「太鼓……あれなる太鼓はもしや空席でおじゃるかの?」


 誰もなにも答えぬうちに、男雛はいそいそと太鼓の前に腰を落ち着けた。

 バチで太鼓をドロドロドロと試し叩き、あまり上手くなかったが、ぱあああと顔を明るくした。


「おおお! これこそ朕の天職に違いなし。体が覚えおるの」


 絶対に気のせいですよ、それ。などと口を挟める者はいなかった。

 お内裏様は五人囃子の一角に収まった。



 かくして、どう考えてもおかしい雛人形の入れ違いが起こったが、幸いというべきか不幸にというべきか、持ち主の人間があまりに気にしなかったため、見事に見過ごされてひなまつりが無事に終わった。


 一件落着。と言っていいのものかどうか、近衛少将にはさっぱり分からない。


〈五人囃子殺人事件 了〉

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