工事現場の宝
ひすいでん むう(翡翠殿夢宇)
工事現場の宝
「ねえ、お父さん。あの人たちは道路に穴掘って何をしているの?」
「それはな、道の地下のどこかに隠された宝物を探しているんだよ。それはそれはすばらしい宝物なんだそうだよ………」
懐かしい父との会話。
あれから15年の月日が流れた。そして、ついに俺は、念願の道路工事の現場に立っていた。
「おい新人、ぼさっとしてないでそこの荷物運べや」
配属されて間もない俺はまだまだ下っ端だ、与えられる仕事は荷物運びや車の誘導ばかり。肝心の現場にはまだ近づくことができないでいた。
手順もわからずおろおろしている俺に優しくしてくれるのは、ただ一人、下田という中年のおじさんだけだった。
「おい、坊主。ネコぐらいころがせねぇようじゃ立派な工事人にはなれねえぞ」
ここで言う『ネコ』とは土砂などを運ぶ一輪車のことだ。そういうと下田さんは慣れた手つきで山になった砂利を積んでネコを押していった。
聞いた話では下田さんは妻と娘を残して青森から出稼ぎに来ているそうだ。家族を捨ててでも宝探しの夢を追い続ける男。下田 大二郎 四十八歳、男の中の男だ。
俺も負けていられない、いつか必ず俺も宝を掘り当ててみせる。俺はうずたかくつまれた砂利にスコップをつきさし、力の限り働いた。
その夜は現場のみんなが、俺の歓迎会を近くの居酒屋で催してくれた。もっともそれは名目で、単にみんな飲みたいだけのようだ。俺の挨拶もそこそこに宴会は盛り上がっていった。
「おめえも物好きだな、そんな若いうちから工事現場で働きたいだなんて」
「そうだそうだ、お前さんぐらいならまだ仕事はいくらでも選べるべえよ」
五十近い年齢のおじさんたちに囲まれ、言いたい放題に言われた俺は酒の力も手伝って、子供の頃からの夢をここぞとばかりに力いっぱい語った。
「いえ、俺は子供の頃からこの仕事にあこがれていたんです。いつかは俺もこの道の下に眠るといわれる『宝』をこの手で見つけてみせます。俺はそのためだけにこの仕事を選んだんですから」
俺の熱い言葉に会場はシンと静まり返った。全員が不思議そうな顔で俺のことを眺めている。
わずかな間が空き、一転して会場は笑いの渦に包まれた。
「はっはっは、お前面白いやっちゃな、まあ飲め飲め」
「は、はい」
次々注がれるお酒に辟易していると、奥に座っていた下田さんが立ち上がった。
「おらぁ、ちょっと厠に行くぞ」
ちょっと歩くと、バランスを崩し柱によりかかる。
「おい、おまえちょっと一緒に来て肩貸せや、」
わざわざ他のみんなに囲まれている俺を呼びつけた。もちろん断ってもよかったのだが、他ならない下田さんのご指名だ。
俺は席を立ち、肩を貸して下田さんをトイレまで連れて行った。
トイレにつき、下田さんから離れようとすると、いいからお前もこい。とそのまま個室に連れ込まれた。
なにをするのかと抗議するまもなく、下田さんの表情は一転、厳しい顔で睨みつけながら俺を壁に押し付けた。
「そのことを誰に聞いた?!」
顔の距離は十センチと慣れていない。酒臭い下田さんの息がほほをなでる。
「な、何のことですか、話ってもしかして、さっきの『宝』……」
「しっ!いいか、お前のために忠告してやろう、二度と人前でそのことを口に出すんじゃねぇ、いいな」
俺は頷くしかなかった。そんな俺を確認すると下田さんは周りを気にしながら、俺になにかの薬を嗅せた。しだいに意識が遠のいていく。言葉も上げられないまま、俺の意識は途絶えていった。
俺は頭痛の残る頭を抱えて目を覚ました。ここは見慣れた自分の布団の中だ。しだいに昨日の出来事がよみがえる。
そうだ、昨日俺は薬を嗅がされて気を失ったのだ。だとすると俺をここまで運んだのは下田さんだろうか?
服装は昨日倒れたときのままだった。
考えていても仕方がない、俺はゆっくりと起き上がり枕もとの時計を見て、目を見開いた。
時計は午前十一時を指している。工事現場の仕事は十時からだ、すでに大遅刻だ。
俺は持つものももたずに家を飛び出した。
憧れの職業にやっと就くことができたというのに、これではクビにされてしまう。
しかし、俺が駆けつけたとき工事現場には多くの人だかりができていた。何事かと人ごみの間をすり抜けて前へいくと、いつもの現場には立ち入り禁止の紐がはられ、救急車やパトカーがけたたましいサイレンとともに集まっていた。
全員が見つめるその視線の先には、大型トラックのすぐ後ろに倒れる人影があった。
それはこの距離から見ても動くことのない屍であることがわかった。回りにはバケツでばら撒いたかのようなおびただしい血痕が残る。
トラックのタイヤにも血痕が残ることからおそらくバックしてきたトラックにひかれたのであろう。
そして、そこに横たわる屍が下田さんであることに気づいた俺は一目散にその場を離れ駆け出していた。
俺には瞬時に理解した、あれは事故ではない!
下田さんは何者かに殺されたんだ。昨日俺を連れ出したことが原因だろうか。下田さんは何かを知っていて口封じに殺されたのか?
だとすれば、次に狙われるのは間違いなく、この俺だ。
下田さんはこうなることを知っていて俺を守ってくれたのだろう。下田さんのためにも俺は生きなければならない。
俺は周りに人がいないことを確認して部屋に戻ると、最低限のものだけをかばんに詰めてこの町を逃げ出した。
それから三十年。
俺は名を偽り、生活の場を移しても、やはり工事現場からは離れられないでいた。
まだ夢はあきらめていない。
宝を見つけ出し、その後ろに隠れる力を暴き、下田さんの敵を討つ。あれ以来口に出すことはないが、心の中ではいつもその思いが渦を巻いていた。
三十年もやっていると多くの出会いと別れも経験してきた。そして今日もまた一人、この現場に新たな仲間が加わることになっていた。
朝の朝礼で紹介されたその新人は、ちょうど俺が下田さんに出会ったときとおなじくらいの年齢だ。
昔の俺を髣髴とさせる、やる気に満ち溢れた瞳を持っている。今の俺にもあの光はともっているのだろうか?
そう思う中、自己紹介の中で彼は俺にとって驚くべき発言をした。
「・・・この地下に眠る宝は必ず俺が見つけ出して見せます」
新人は確かにそう宣言したのだ。周りの反応はまさに三十年前と同じものだった。
一瞬の沈黙、そして、わきあがる大爆笑……。
今の俺には下手な三文芝居にしか見えない。
俺は悩んだ。
このままでは彼は下田さんとおなじ運命をたどることになるだろう。あんなに夢に情熱を持つ若者の未来を奪うのは忍びない。俺に何かできることはないだろうか?
この三十年、ただ宝のことだけを考えて道路を掘り続けてきたが、宝の糸口すら見つけることはできなかった。この先も年老いた俺では宝にたどり着く望みは薄いだろう。ならば俺のやるべきことは一つだ。
昼休憩を待ち、俺は新人の彼を誘った。人気のないところで彼を公衆便所の個室に連れ込み警告をした。
「いいか、もう二度と人前で宝の話はするな。これはアドバイスじゃない、警告だ。これを守らない場合はお前の身になにがあっても俺は責任がもてない。いいな、わかったらさっさとこの町を出て行くんだ。命が惜しいなら今すぐにだ」
それだけを言い残すと俺は一人で公衆便所を後にした。
これで彼が身を引いてくれればいいが、それは難しいだろう。誰だっていきなりあんなことを言われて納得できるはずがない。
彼を守るには、やはり俺が体を張る他、道はないだろう。
彼が戻る前に現場に帰った俺は、立てかけられた巨大な鉄骨を抑えるロープを切断する。
そして、ゆっくりと倒れてくる無数の鉄骨の下に、自らの体を滑り込ませた。
大人の腕ほどもある鉄骨が次々と俺の体を打ち付けていく。
俺の死は世間ではきっとただの事故と片付けるだろう。
しかし、彼はこれが組織からの警告だと思ってくれるに違いない。あの日の俺のように……。
ああ、意識が薄れていく……俺の夢、そして下田さんの夢は彼に託そう。必ずいつの日か工事現場の宝を見つけてくれ。
それだけが、俺の願いだ……。
END
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読者皆様
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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『神鬼狂乱~女子高生〈陰陽師〉インフルエンサー 安倍日月の事件簿』
現代日本、仙台を舞台に安倍晴明の子孫と蝦夷の末裔が活躍する。ローファンタジー!
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工事現場の宝 ひすいでん むう(翡翠殿夢宇) @hisuiden
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