好きな人といるためのリズム取り


「あか……り……」

「本当は美弥ちゃんをこんな感じでずっとしたいんだけどね。彩があたしを欲しいって言うなら、これぐらいはしてあげてもいいよ」

 あかりの細く長い両手が、わたしの身体をふんわりと囲んで。

 香水の匂いがわたしの鼻をくすぐる。

 

 ……あかりの腕の中、ものすごく居心地が良い。


 わたしは、元々こうされたかったんだろうか。

 今までは考えもしなかったのに。



「彩の気持ち、良くわかったから。でも、あたしは美弥ちゃんに惚れ込んじゃったの。だからってもう彩と仲良くしない、とかそういうのはないから、そこは安心して」



「……ぷはっ。ありがと、わかってたから。それに、これからもバンドは続けるつもりだし」

 あかりの大きなおっぱいから抜け出し、わたしは笑顔を作る。


「わたしはあかりと一緒に演奏したいし、あかりだって美弥ちゃんや桃ちゃんと一緒にステージ立ちたいでしょ?」

「当たり前じゃないの! あ、これからもあたしが美弥ちゃんと一緒にいたいときは、協力してくれる?」


「それは……」


 大事な幼馴染の望みには協力してやりたい。それに関しては今も変わらない。

 元々あかりから肯定的な返事をもらえるとは、あまり思ってなかったし。



 でもな、わたしは美弥ちゃんの気持ちも知ってるからな……


 あかりだってバンド解散は嫌だろう。

 そのためには美弥ちゃんは桃ちゃんと一緒にさせてあげた方が良い。


 けど、あかりにそれを言うべきか。

 美弥ちゃんが手に入らないって知ったら、あかりは悲しむはず。



「……まあ、できる範囲で」


 わたしだってあかりの隣にいたい。

 けど、あかりがわたしより美弥ちゃんを選ぶというのなら、そこは尊重するつもりだ。


 わたしはそうするけど、あかりは同じように、美弥ちゃんの意思を尊重するだろうか?


 いや、待てよ。

 そもそも美弥ちゃんが桃ちゃんと一緒になることを望んだとて、桃ちゃんはわたしのことを……



「サンキュー! 彩、これからもよろしくね!」


 ……うん。


 あかりの笑顔を見たら、一瞬だけど悩みは全部吹き飛んでしまった。


 あかりにどこまで話すかはさておいて、あかりのお願いを聞かないということだけは考えられない。



 わたしはあかりのことが好きだ。


 その上で、あかりのことを応援する。


 その上で、バンド活動が続けられるように、みんなの仲を取り持つ。



 あわよくば、あかりのできるだけ近くに、いられたらいいな……



 

「そうだ、せっかくだし久しぶりにここで彩と弾こうか。はい」


 あかりがたくさんの機材の中から、古びたドラムスティックを引っ張り出してくる。

「あっ、これ」


 渡されてすぐにわかった。


 ……あの写真の中で、わたしが使っていたスティック。


「なんでここにあるの?」

「わかんないけど、先週出てきた。これ、父さんか母さんのものなんじゃない?」


 借り物だったっけ、これ。


 でも、ちょっと小さいけど、とても手に馴染む。


「ほら、何弾く?」

 あかりはいつの間に、いつものベースを抱えている。


「じゃあ……」



 わたしが適当に曲名を上げると、あかりはすぐさまベースの弦をかき鳴らす。

 それに合わせてわたしがスティックを動かして拍を取る。



 リズムが合うと、自然と顔が緩む。

 あかりも笑顔になっている。



 ――ああ、この時間が幸せで、楽しいから、わたしはあかりと一緒にいたい。

 そしてそのためには、美弥ちゃんも、桃ちゃんも含めて、バンドメンバー間の関係を、ちゃんとしていかないと。


 みんなの幸せが、わたしの幸せにつながるんだ。



 ***



『わたし、あかりにちゃんと、気持ち伝えてきたよ』


 わたしとあかりは、ライブハウスへ行く前にハンバーガー屋で昼食にする。

 いつもながら、ハンバーガー2つに大盛りポテトをパクパク食べていくあかりを眺めつつ、わたしは桃ちゃんに報告のメッセージを送る。


『どうだった?』

 すぐ返事が返ってくる。桃ちゃんも、当然気にしてるはずだ。


『うん。ダメだった……ってことになるのかな』

 そう送る。でも、思い直してすぐ付け加えた。

『でも、あかりにとってわたしは、大切な幼馴染でバンド仲間』

『じゃあ、私の告白には……』


 一瞬、指がスマホの上をさまよう。


「どうしたの彩? ポテト残すならちょーだい」

「あっ」


 隙ありとばかりに、あかりの右手がすっと伸びてきてポテトを奪っていく。


 食べてるときのあかりも、絵になるんだよな。



『うん。はい、とは言えない。桃ちゃんも大切な仲間だけど、わたしにとっての一番は、やっぱりあかり』

『わかった。私は彩ちゃんの気持ちを一番尊重しているから。彩ちゃんのことが好きだからこそ』


 思ったほど、桃ちゃんはあっさりとしていた。

 こうされると、逆にわたしが罪悪感。


『……良いの?』

『うん。でも、また私の相談には乗ってね』

『それ、デートってことに……』

『かな。まあ、他にも彩ちゃんには聞きたいことあるし。バンドのことについては、私まだまだ色々わからないことあるから』


 まあ、そうか。

 桃ちゃんも美弥ちゃんも、大事なバンド仲間であることには変わりない。

 誰1人欠けても、バンドは成り立たないのだ。



 やっぱり誰を好きとか関係なく、みんなに気を配らないと。




「あっ、美弥ちゃん!」

「昨日ぶりだね、彩ちゃん」


 わたしとあかりがライブハウスに入ると、奥のテーブルに桃ちゃんがもう座っていた。

 その隣には、腕をつかんでぴったりくっついている美弥ちゃんがいて、あかりが駆け寄っていく。


 美弥ちゃんは、桃ちゃんがわたしに告白したことを知ってるのかな。


 ショッピングモールの時みたいに、わたしと桃ちゃんが2人だけでいたらやっぱり不満だろう。

 そう考えると桃ちゃんも大変だ。


 いや、美弥ちゃんも大変か。あかりからの愛情が向けられてることぐらい、少しは察してるだろう。そうであってくれ。


 わたしとしてはあかりを応援したいけど、美弥ちゃんの気持ちもある程度は汲んでやりたいし。

 桃ちゃんからの想いを無下にするわけにもいかない。



 思わず出そうになったため息をこらえる。

 

 このバンドのリズムを取れる実力が、今のわたしにあるのかな?


「あかりちゃん、元気」

「本当に、昨日の疲れとかないの? 私なんて、昨日は1つも家のことできなかったわ」

「ふっふっ、あれで疲れてるようじゃ、桃ちゃんはまだまだだね」

「何言ってるのよあかり。今日もギリギリまで寝てたんでしょどうせ。さ、反省会始めるわよ」

 わたしがあかりの頭をコツンと叩くと桃ちゃんが軽く笑う。

 その横で気持ちよさそうにあくびする美弥ちゃん。



 ――いやいや、何としてもリズムを取らなきゃダメなんだ。


 このバンドを、あかりとの楽しい時間を、守るために。


 わたしが、あかりの隣りにいるために。

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ガールズバンドなのに他のメンバーに片思いしてる子が複数いる件 しぎ @sayoino

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