相手のことが頭から離れない、それは
「そう、やっぱり実際にライブしてみて初めてわかることはたくさんあるからね。スタジオ練習でいくら合わせても、本番とは空気が違う。彩だってさ、練習と全く同じようにドラム叩けた?」
「うーん、そう言われると」
ステージ上で叩くドラムと、スタジオ練習で叩くドラムは別物だ。やっぱり微妙に感覚が違う気はする。
家で練習用に使ってる電子ドラムはもっと違う。
あかり、そういうのもわかるのか。ドラムは経験無い、はずなのに。
「でしょ? ギターやベースだって、アンプの配置が変われば動きも変わる。あとやっぱり音の響きは本番じゃないとわからない。そして、お客さんが聴きに来るのは本番でのあたしたちの音だからね。だから今日の感覚、感触をしっかり次に活かしていく。その積み重ねが、上達の道筋」
こういうのを聞くと、やっぱりあかりについていきたいな、また一緒にライブしたいな、となってしまう。
こと音楽に関しては、わたしをグイグイ引っ張ってくれる。
まさしく、わたしにとっての大きな道しるべ。
そんな想いを、わたしがあかりにぶつける……?
「相変わらずあかりちゃんはかっこいいこと言うねー」
「いやあそれほどでも」
バイトの先輩の冗談めかした顔に笑って返すあかり。
その笑顔に、わたしの中の何かがドキリと音を立てる。
確かにこの笑顔を、あかりの美貌を、もっと間近で見てみたい。
いやでも、幼馴染として今までも一緒にいたし、今更そんなこと思ったって……
「あっそうだ美弥ちゃん。友達に撮ってもらった写真とかあるんだけど、今見る?」
と、唐突に立ち上がるあかり。
座敷席で、すぐ後ろには別の団体客がいるので、隣にいるバイトの先輩と後ろで座ってる人との間を通ろうとする。
しかしその次の瞬間、あかりが何かにつまづいた。
「あっ」
「あかりちゃ――」
ドシン
「桃!」
美弥ちゃんが文字通り血相を変える。
そこでは、とっさにあかりを支えようとして立ち上がろうとした桃ちゃんが、見事にあかりの下敷きになりかけていた。
いや、より正確には、あかりが両手を床に突いた結果、まるで桃ちゃんを押し倒しているかのように……
「桃! 大丈夫!?」
一瞬時間が止まったように見えたが、美弥ちゃんの叫びですぐまた動き出す。
あかりは身体を起こすと、後ろに座り込む。
「ごめん桃ちゃん、ありがとう」
「どうしたのあかりちゃん? まさかあなた酔ってないわよね?」
「何言ってるんですか未成年ですよ」
周りのからかいを交わすあかり。だけど……
――どうして今、わたしは変な気持ちになったんだ?
偶然、押し倒すような格好になっただけなのに?
***
「いやあ、やっぱりステージに上がるのが一番楽しいね!」
いつもより少し遅い帰り道。
だけど、あかりの興奮っぷりはそれを全く感じさせない。
歩くたびにあかりの背負ったギターケースは上下に跳ね、高い身長がますます高く見える。
「彩も桃ちゃんも良かったし、何より美弥ちゃんが最高だよ! あれをみんなに届けられたって時点であたしの最大の目的は達成されたようなもの。どう、彩? そう思うでしょ?」
「ああ、うん」
確かに美弥ちゃんの歌声は、スタジオ練習で聞いてるよりもずっと力強かった。
バイトの子たちの反応を見ていても、小さな姿とのギャップに驚いたり、確かな歌唱技術に感心していたり。
それだけの力が、美弥ちゃんにはある。
でも、美弥ちゃんだけじゃない。
桃ちゃんだって、ミスなく演奏しながら、わたしの方を見てくる余裕があった。
難しいところも周りと合わせつつ、しっかりこなしていた。
あ、だけどそれって、わたしへのアピールだったのかな。
もしそうなら上手く行ってる。改めて桃ちゃんギターやっぱり上手いな、と感じたし。
ただ、それよりも。
わたしはあかりを見上げる。
演奏中、どうしてもあかりに目が行っていた。
ベースとドラムはリズムを取ってバンドを支えるのが役割。だから意思疎通を取るのは当たり前。
そうだとしても、だ。
あかりから視線が離せない。そんなことが何度もあった。
ベースの弦をかき鳴らす長い指。
間奏になるとステージの最前まで出ていき、ベースを少し持ち上げながら微笑む顔。
そうかと思えば、スッと後ろに下がって美弥ちゃんのボーカルを立てる。でも自分の演奏技術を見せることは忘れない。
本当に、ステージに立ったあかりは良いところしか浮かんでこないな。
ここまで来ると普段の欠点が可愛く思えてくる。
わたしがいなきゃ、今頃授業にもついていけず苦しんでるだろうに。
いや、あかりは陽キャだからわたしじゃなくても誰かが勉強を教えてそうだけど。
「彩? どう?」
「どうって?」
「もう、聞いてなかったの? 次のライブのこと」
あかりは分かりやすく不満げな顔をする。
この顔も、もう何百回何千回見たはずなのに、街灯に照らされて輝いてるとどこかドキリとしてしまう。
「あたしとしてはすぐにでも次やりたいんだけどね。とはいえ個人のスキルアップもあるから、9月入ってからかなあ。でもそれだと学校始まっちゃうから、がっつり練習はしづらくなるし」
ため息をつくあかり。
あれ、なんで今わたし、あかりに勉強を教えるのはわたしだと思ってたんだろう。
確かにあかりの苦手なところとかを知ってる自信はあるけど。
というより、あかりが他の子とそういう関係になっているのを、望ましく思わないわたしがいた。
ああ、さっきもそうだ。
あかりが桃ちゃんを押し倒すような形になった時。
どこかで、桃ちゃんに対して負の感情を向けてるわたしがいた。
「あ、そういえば桃ちゃんもバイトしたいってさっき言ってたっけ。どーしよ、あたしもやろうかな」
「あかりは今でもライブハウスに入り浸ってるんだからあんまり変わらないんじゃない?」
でも、あかりがバイト始めたら、一緒にいる時間が増えるかな?
――って、これじゃあまるで、わたしがあかりを独占したがってるかのような。
そんな、桃ちゃんにくっついている美弥ちゃんじゃないんだから。
「そうかな。というかここまで来たら、美弥ちゃんもバイトに誘っちゃう? あんなに可愛いんだから、きっと看板娘になれるよ。あたしだったら毎日通っちゃう」
美弥ちゃんをぎゅーってしたそうなあかりじゃないんだから。
いや、もしかして。
誰かのことが頭から離れない。
桃ちゃんも言ってたじゃないか。
それが、人を好きになるということなんだ。
多分、この感情が、『好き』ってことなんだ。
わたしはあかりのことが好きで。
桃ちゃんはそれがわかったうえで、わたしにその気持ちをちゃんと伝えるように言った。
自分が伝えたんだから、あなたも伝えてきて、と。
……そういうことなんだよね? 桃ちゃん。
わたしはもう一度あかりを見上げる。
「ねえ、あかり」
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