初ライブは速く過ぎ、予想外はいつの間に
わたしがスティックで4拍刻む。
それを合図に、3人が一斉に弦を鳴らし始める。
そして、あんな小さい身体のどこから出てるんだと思わせる、美弥ちゃんの力強い歌声がそれに乗っていく。
左の桃ちゃんと目が合った。
続いて右のあかりと。
ああ、楽しそうな顔してるなあ。
でも、わたしもきっと、同じような顔をしてるんだろう。
あかりとリズムを合わせて、ベースとドラムという形でバンドを下支えする。
時折あかりは目立とうとして遊びだす。スコアに無いフレーズを弾き出す。
できればやめてほしいけど、自由人のあかりだから仕方ない。
その時はわたしが、全力でついていく。
難しいけど、それはそれで楽しいのだ。
それにあかりの無茶振りに応えることが、わたしのドラムの上達にもつながっている気がする。
当然あかりはそんなこと考えてもないだろうけど。
多分観てくれてるお客さんや、あるいは美弥ちゃんにかっこいいところ見せたいだけなんだろうけど。
それでもいい。
わたしが勝手に、あかりについていきたいだけだし。
だらしないし、美弥ちゃんと音楽のことになると手が付けられないあかりだけど、音楽の技術に関しては全面的に信頼している。
わたしもそんなあかりの隣に、いたいんだ。
そうやって、そのあかりがあれだけすごいと言う美弥ちゃんの歌や、桃ちゃんの頑張りを支えられる。
そんな時間が、楽しくないわけがない。
***
「ありがとうございました……その、これからもよろしくお願いします」
3曲すべて歌いきった美弥ちゃんが声援の中、また小声に戻って、軽く頭を下げる。
楽しい時間は過ぎるのが速い。
わたしたちの初ライブは、体感あっという間に終わってしまった。
「あかり、彩、かっこよかったよ!」
「ありがとねみんな!」
足元のエフェクターを片付けながら、学校の友達にキメ顔で応えるあかり。
もう、みんなスマホで写真撮っちゃってるよ。出演者の撮影ぐらいはいいけど、SNSとかに勝手に上げられたりしたら困る。あとでスタッフとして注意しとかないと。
「せーの」
「桃ねえちゃーん! 美弥ねえちゃーん!」
おや、あっちの子たちはもしかして桃ちゃんの弟妹たちだろうか。微笑ましい。
マイクをスタンドに戻した美弥ちゃんが、気づいて手を振る。
そういえば、わたしの両親も観に来るって言ってたけど、どこかな……
と思って探していると、桃ちゃんと目が合った。
そうだ、あの手紙のこと。ライブが終わったすぐ後、って書いてあった。
桃ちゃんの反省会(多分)。わたしは、ちゃんと答えられるだろうか。
視線の合った桃ちゃんが、わたしに向かって軽くウインクする。
これは……合図だ。
「桃は?」
「トイレじゃないかな? わたしもちょっと行ってくるから、先に着替えていていいよ」
出演者控室の前であかり、美弥ちゃんと別れる。
2人がいなくなり、周りに誰もいないことを確認して、わたしは廊下の曲がり角にある銀色の扉を開けた。
その先は、白い蛍光灯だけが無機質な壁を照らす非常階段。
「あ、彩ちゃん。ありがとう、来てくれて」
蛍光灯の光の中に、わたしと同じ、白い衣装姿の桃ちゃんがいる。
ライブ直後ということもあってか全体的に火照った感じがして、顔が赤い。
「うん。でも、どうしてわざわざ手紙なんて? それにライブの直後に……」
「いや、大切なことだから、ちゃんと彩ちゃんには伝えたいなって……弁当箱と一緒に入れとけば、絶対に見過ごすことない、でしょ?」
昔から弟妹の世話をしているということもあってか、同い年だけど普段からちょっと大人びて見える桃ちゃん。でも、今はそれ以上に、何かわたしの知らない感情を持ってるように見える。
絶対に桃ちゃんが、わたしに伝えたいこと。
「確かに。さっきも言ったけど、あの弁当すっごく美味しかったし」
「ありがとう。彩ちゃん、前に濃いめやしょっぱめの味付けが好きって言ってたから、塩とか醤油とか多めに入れてみたんだけど……どうだった?」
「あ、それで卵焼きもしょっぱめだったんだ! もうご飯にぴったりの味付けで大満足だったよ!」
わたしが思わず腕を身体の前に持ってくると、桃ちゃんはふふっと笑う。
「私や美弥は、卵焼きは甘め派だから、初めてやった味付けなんだけど。良かった」
「そうなの? 甘いとご飯のおかずにならないから、わたしはしょっぱめ派だなあ」
「彩ちゃんも、結構ご飯食べるよね。それもあかりちゃんに影響されたの?」
えっ。
わたし、食べる自覚は無かったんだけど。
「……ああ、まあそうかも。あかりみたいに、わたしは欲しいところに肉が付かないから」
わたしは衣装の上から自分の腹を少しつまむ。
ドラムをやってると腕や足の筋肉はつくけど、良い感じに脂肪が落ちてくるかというと話は別。
出るならもっと出るところ出てほしいものだ。
「やっぱり、彩ちゃんはあかりちゃんのことが気になるんだね」
「気になるって……そりゃずっと一緒にいるんだもの」
「ううん、そういうことじゃなくて。……でも、おかげで私も決心がついたよ」
決心?
「私、さっきまでステージに立ってて、美弥や、あかりちゃん、彩ちゃんと一緒にギターを弾いて……すごく興奮してる。あんなにライブが楽しいなんて」
「わたしも。今まで先輩たちのライブたくさん観てきたけど、やっぱり自分で演奏するのが一番」
それに、念願のあかりと一緒の初ライブなんだし。
――と思っていたら、突然両手を桃ちゃんに握られた。
「え、どうしたの?」
思わずすっとんきょうな声がわたしから漏れる。
桃ちゃんの手のひらは、今日に向けてギターをすごく練習してきたことが伝わる、ゴツゴツとした固い感触。
「だから……その勢いがある今なら、言える。――彩ちゃん、良く聞いて。私、これを逃したら、もう言えないかもしれないから」
桃ちゃんの身体が少し前のめりになって、わたしの背中が壁にぴったりとくっつく。
わたしの顔を真っ直ぐ捉えて離さない、桃ちゃんの瞳。赤くなる顔。
そして、全く予想だにしてなかった言葉が、桃ちゃんから出てきた。
「彩ちゃん。好きです、付き合ってください」
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