アドバイスは楽器を如何にするか


「はい。オーナーさん、ありがとうございます。美弥も今、とても幸せです」

 美弥ちゃんが桃ちゃんの右肩に頬をぺたぺたさせながら喋る。


 わたしはあかりとライブに出られて嬉しいけど、それと同じぐらい、いやそれ以上に美弥ちゃんは桃ちゃんとライブに出られて嬉しいはず。



「私もです。オーナーさんのおかげで、私もバンドを始めて、ここまで来ました」

 桃ちゃんも嬉しいんだ。

 そう思ってみると、かつてないほど真剣な、何か決意を固めたような顔をしている。


 ふっと、桃ちゃんの手紙を思い出す。

 あの手紙は桃ちゃんが、好きな人に対しても真剣に向き合おうとしている現れなのだろうか。

 ライブ当日でも、それについては真面目に考えたいということなのかな。



 あっ。

 もしかして、今日好きな人がここにいるとか?


 いや、桃ちゃんの好きな人はおそらくライブハウスやバンド関係の人だ。だったらここには絶対いるだろう。


 とすると、今日は桃ちゃんにとっての晴れ舞台だ。

 桃ちゃんがその相手の子とどれぐらい付き合いあるのかはわからないけど、かっこいいところを見せるチャンス、である。



 じゃあ、わたしに相談ってのは、まさかその反省をしたい?

 ライブの反省会というのなら、普通に4人でやるつもりなんだけど。


 きっと好きな子にちゃんと気持ちは伝わったかな?とか聞いてくるのだろう。


 そんな質問されて、わたしはちゃんと答えられるのか?



「うんうん。みんながそういうことを言ってくれて、私も嬉しいわ。じゃあ、私からは1つだけ。これは初めてライブをする子には必ず言ってるんだけどね」


 わたしの考えをよそに、オーナーさんは右手の人差し指を立てる。




「楽器は、好きな人を触るように扱うこと」


 えっ、好きな人を……?

 わたしは思わず、他のバンドメンバーの顔をちらりと見る。


 あかりは、提げたベースを自分の身体に近づけて笑顔になる。

 美弥ちゃんは、壁に立てかけた自分のギターをチラチラ。

 桃ちゃんも、自分のギターをなでている。



「私の知り合いが言ってたことなんだけどね。ライブの時はみんな緊張してる。初めてのときも、何回やっても、どうしても緊張はする。だけどそんなときに、ギターなりベースなり、マイクなりを自分の好きな人、大切な人だと思うと、不思議とリラックスできるものよ」


 そ、そうなのだろうか。

 あかりなんか、勢い余って何するかわからなくなりそうだ。


「それに、落ち着かなくても、楽器のことをいつも考えるのは忘れないこと。ステージの上で頼れるのは、バンド仲間と、自分の楽器だけ。だから焦ったら、必ずそこに立ち返る。そうすれば、たとえミスをしても慌てないわ」


「は、はい」

「もう、貝塚さんったら力が入っちゃってるわよ。それじゃあ、頑張ってね。楽しみにしてるわ」


 わたしの硬い声とは裏腹に、楽しそうな雰囲気を出しながらオーナーさんは控室を出ていった。

 入れ違いに、他の出演者たちが入ってくる。


「オーナーにも言われてるじゃない。彩はもっと力を抜いて。余計なことは考えずにやろう。始まったら、きっとあっという間だよ?」

 違うよ、あかり。


 わたしは、楽器を好きな人だと思ったみんながどうしちゃうのか、それを考えちゃうんだ。


 あかりは多分、頭の中が美弥ちゃんのことでいっぱいでも、いつも通りのテクニックを見せてくれそうな気がするけど。

 美弥ちゃんは、桃ちゃんのことを本気で思いながら歌い演奏したらどうなるのかな。

 桃ちゃんが、好きな誰かへのアピールのあまり、先走ったりしてしまうことは……



「あっ、彩ちゃん。初リハーサルどうだった?」

「ライブ本番は、もっとテンション上がるぞー」


 その時聞こえてきた声に、わたしは顔を上げる。

 バイトの先輩の人たちだ。


「は、はい! ライブ楽しみです!」

 わたしは思わず言葉を返す。


 そうだ。わたしは何を考えてるんだ。

 今わたしがここで心配したところでどうこうなるわけじゃない。


 決めたじゃないか、せっかくのライブ当日なんだ、変なことを考えるのはやめようと。


「うちらも楽しみにしてるよ! 彩ちゃんやあかりちゃんのステージ!」

「あ、ありがとうございます!」

 わたしは軽く頭を下げる。


 わたし自身、今日を楽しみにしている。

 あっという間かもしれなくても、めいいっぱいステージを楽しむんだ。



「じゃあわたし、スタッフの手伝いがあるから、次は開場の時間ぐらいに!」


 それに、今日のわたしは普通にバイトとして裏方の手伝いもしなきゃいけない。

 そんなに色々考えてる余裕は、本当はないんだ。


 わたしは他のメンバーに別れを告げて、いったん隣のスタッフ控室へ。


「彩ちゃんお疲れー。今日は出演なんだから、準備はそんな頑張らなくても良いのに」

「いやいや、そういうわけにはいかないって。バイト代もしっかりもらわなきゃだし」


 バイト仲間の子にそう返して、わたしは気付く。

 ドラムスティックを持ったままだった。さすがにこれは出演者控室に置いとかないと。どうせステージの前には衣装へ着替えるため出演者控室にいなきゃだし。


 引き返そうとして、スティックが――厳密には黄色いケースの間から覗くスティックの丸い先端が目に入る。

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