カオス・ドリーム

先崎 咲

夢は脈絡が無いものだから

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 寝間着のスウェットは、ぐっしゃりと汗で濡れていた。

 鳥になってひたすらに羽を動かすのに、落ちていく夢。仲間は何食わぬ顔で前へ進んでいる。

 自分が、自分だけが落ちている。景色は上に上がっていく。そんな夢。


 落ちる夢なんて、受験生としては縁起でもないの極みだ。それでも、見る夢はどうしようもできないし、試験の日程は刻一刻とやってくる。

 夢を気にするくらいの時間があるなら、勉強に充てたほうがいいに決まっている。心ではそうだとわかっているのに、夢を見た回数を数えてしまう自分がいる。

 初めて見たのは十二月の上旬。それから、刻一刻と頻度を増やしている。そして現在は一月末。本命の試験はすぐそこまで迫っていた。


 日常はほとんどが勉強一色に染まっていた。けれど、その夢は自分の頭の影にひっそりと、けれど確かな存在感を持って、存在しているのだ。


 たとえば問題集を解く隙間に、ふとその夢が頭の中をリフレインする。そこから、悪い方に想像力を働かせてしまう。周りは何食わぬ顔で合格して、自分だけが不合格。

 そんな、悪い夢を。


 忘れようと勉強に没頭する。気が付けば、第一志望の試験日は明日に迫っていた。

 睡眠時間の大事性は飽きるほどに説かれていたから、少しだけ早めに寝ることにした。


 あの夢を見ないように祈りながら。


 その日、夢を見ているとわかったのは、自分の手が羽になっていたからだ。周りには同じような羽を持つ鳥の群れ。

 周りは勢いよく、さらに上空を目指して羽ばたいていく。

 それに追いつこうと必死に羽を動かすが、距離は開くばかり。焦る気持ちからか、体のバランスを崩した。

 ぐるり、と身体が回転して空を見た。太陽が真上に輝いている。それを見たとき、身体の力が抜けた。諦めのような、畏怖のような、とにかく何かに身を任せたくなる感覚が全身を支配した。


 ぼう、と夢の中の太陽を眺めていた。その時だった。太陽に黒い点が見えたのだ。その光はグングンと大きくなっていく。そうして、その姿をはっきりと捉えられるようになったとき、その黒点は神々しい光すらも背負ってやって来たことを知った。


 トリの降臨。


 そうとしか言いようのない、現れ方だった。太陽の光以外にも謎の後光が射している。神々しい登場の割にはマルマルモチモチしているが。

 これは、いい感じの助言とかをもらえたりするんだろうか。心に希望とか期待のような感情が芽生えた。身体にわずかだが力が籠った。少しだけ、期待して目の前の存在に意識を集中した。


「コケコッコー!!!!」


 目が覚めた。なんなんだ、あの夢。

 いつもよりも早い目覚め。10回目にして変わった夢の結末。

 それでも、現実は変わらない。所詮、夢は夢なのだから。


 今日は本命の大学の試験日。早く目覚めたおかげで、余裕のある出発をすることができた。

 最寄りの駅で電車を待つ間、最後の確認とばかりに単語帳を開いた。予定より早い電車に乗り、試験会場の大学へ向かう。いつも降りていた高校の最寄りを通過し、大学の最寄りへ着いた。見学で何度か訪れたとはいえ、バスロータリーに人は多く、少し気後れする。

 前に乗ったことのあるバス停に向かい、列に並んだ。またしても単語帳を開く。しばらくして、バスはやって来た。前の人に倣うように列は進んで行く。


「コケコッコー!!!!」


 思わず、振り向いた。しかし、あるのは人ばかりでトリの姿は無い。


「あの、大丈夫ですか?」


 その様子が尋常ならざる様子に見えたのか、後ろに並んでいた人が話しかけてきた。母より少し年下くらいの女性だった。本当に心配しているのか、眉尻が下がっている。


「あ、はい。大丈夫です」

「そう、受験生?」

「はい。××大学に行くんです」


 そう言うと、その女性は驚いたように声を上げた。


「××大学!? それなら、このバスは行かないわよ?」

「え、でも前はこのバスで行けましたよ?」


「朝の通勤時間帯は、行先が少し違うバスも混じるの。ちょっと待っててね」


 そう言って女性は、時刻表をじっと見つめた。


「うん、やっぱり。次来たバスに乗るといいわ。受験、がんばってね」


 そう言うと、女性はバスに乗っていった。女性の後ろに並んでいた人々も次々と、頑張って、とか次のバス間違えないようになどと声をかけて乗っていった。

 ほどなくして、バスは出発した。後ろの行先表示はたしかに知らない場所だった。


 空いたバスを待つ時間で時刻表をよく見ると、自分が本来乗る予定だったバスの前にも同じような違う行先のバスがあり、そのバスはちょうどバスを待っている時間の間に来るようだった。

 慌てていたら間違えたかもしれない。そう思うと背筋が凍るような思いがした。


 受験は無事終わり、僕は念願だった××大学に入ることができた。今も、大学に通うときはバスの行先には気を付けている。それも、あの日のことがあったからだ。


 結局、夢は夢でしかなかった。けれど、今こうして気を付けていられるのも夢のおかげ、かもしれない。

 あれ以降、落ちる夢もトリの夢も見ないけど。


 そして僕の部屋には今、あの時降臨したトリにそっくりな鳥が姿に見合わない鳴き声で鳴いていた。

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カオス・ドリーム 先崎 咲 @saki_03

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