焦がれ星

先崎 咲

あこがれ

 胸を焦がすような憧れに、出会ったことはあるだろうか。


 舞台の上でスポットライトを浴びて輝く一等星。あるいは、瞬きの間に輝いて消えていく箒星。

 見上げた瞬間と輝いた瞬間が重なって、私はその光に憧れたのだ。


◇◇◇◇◇


「この機材、向こうに持って行ってくれる?」

「はい!」

「弁当、遅れてるみたいなんだけど、どうなってる?」

「『PINK Girls』さん、あと五分で到着です」

「ちょっと、楽屋にスタッフの荷物は置かないで」



 ガヤガヤと公園に設営された会場周辺は、同じTシャツを着た集団で騒がしい。おそろいのピンク地に白抜き文字で『PINK Girls』と印字されている。私、野々村ののむら亜子あこも、同じTシャツを着た設営スタッフのバイトとして、指示に従ってあっちこっちに駆けまわっていた。

 『PINK Girls』は、地元のアイドルグループで何故か童話の『桃太郎』をモチーフにしたメンバー設定をしている。しかし、今いるメンバーはイヌ担当の白塚しらつかあいる、サル担当の猿飛さるとびキララ、キジ担当の山里やまさとすずめの三人で、桃太郎は永久欠番の見込みだ。


 なぜかというと、初代桃太郎担当だった桃瀬ももせテルミが単独でバズり、一人でタレント街道まっしぐらになってしまったからである。何人かがテルミちゃんの後を継ごうとしたこともあった。しかし、テルミちゃんの後釜という重圧は重すぎたのかすぐに辞めてしまうのだ。


 そんなこんなで『PINK Girls』は段々とライブが少なくなり、今では地域のイベントにギリギリ呼ばれるかどうかのラインまで来てしまった。


 そりゃあ、テルミちゃんはかわいくて、トークもうまくて、いろいろなチャレンジの様子(主に大食いだったけど)を動画で上げるほどチャレンジ精神豊富だったけど。


 他のメンバーだって負けていなかった。


 守ってあげたくなるような子犬系のかわいさを秘めたあいるちゃん。けど、マナー違反にはすっごく厳格で、ライブ前後にはナマハゲレベルのドスの利いた声&唸り声で注意喚起するギャップといったら!

 ライブ中の軽業と飄々とした軽快トークが持ち味のキララちゃん。軽快すぎてこの前のWEB配信ラジオでは、ライブの練習の話をしていたはずなのに、最終的には宇宙論の話になっててびっくりしたの。

 忘れっぽいけど、いついかなる時も努力を欠かさないすずめちゃん。キジの鳴き声を極めるために、毎週動物園に通うほどの努力家。最近は飼育員より先にキジの不調を見抜いたんだとか。


 ……うん。


 こんなアイドル他に居ないよ。私の、サイコーのアイドル。私は人気で彼女たちを推しているわけじゃない。彼女たちが好きだから推してるんだ。

 だから、彼女たちのライブに関われるなんて……すっごく嬉しい!


 応募してよかった。と思いながら、指定された場所に機材を置いた。ふう、と息が漏れる。一応、運動系のダンス部に入っているはずなのに結構疲れた。

 ちょっとだけ休もうと思い、ステージにつながる階段に座り、一息つく。ライブ会場の屋外ステージにはまだ規制用のチェーンがかかり、客席には人がいない。

 けれど、規制線のむこうでは屋台が道に沿って並んでおり、結構人が来るイベントであることが分かる。曇り空の下、行き交う人々をぼぅっと見つめていた。


「ちょっと、キミ。スタッフだよね?」

「え、はいっ!」


 ぼぅっとしていたところに急に話しかけられて、大げさなくらい体が跳ねた。


「これ、『PINK Girls』の楽屋に届けてくれる?」

「え、でも」

「じゃ、よろしく~」


 そういう仕事って、マネージャーとかがやるんじゃないんだ……。


 私の手元には紙袋とその中に三つの高そうなお弁当。これを、『PINK Girls』の楽屋に届ける……。

 結構、役得かも?


 『PINK Girls』に直接会って、話したりできちゃったりして……。へへへ。


「よし!」


 私は、意気揚々と『PINK Girls』の楽屋に向かった。


◇◇◇◇◇


 楽屋の前まで、来てしまった。紙袋を持つ手が震える。

 この扉の前で何度唾を飲み込んだか分からない。何度目かの深呼吸。


 コンコンコン。


「すみません、お弁当持ってきました」

「はーい、入っていいよぉ」


 この声は、あいるちゃん!? 本物が、この先に居るんだ。そう思うと緊張してくる。

 紙袋と反対の右手で扉を開けた。


「これ、あったしの~!」


 声がした。横切る感覚。それと同時に、手に持っていた紙袋の感覚が消えた。


「え?」

「あれ?」

「ありゃ?」


 振り向いた先には、フワフワの毛並みをしたサルがいた。手には私が持っていたはずの紙袋。サイズ感は幼稚園児くらい。


「マネージャーじゃ、ない!?」


 サルが喋った。いや、それよりも。


「サルからキララちゃんの声がする!?」

「やべ、ちょっとこっち!」


 サルが顔に向かって突撃してくる。ふわふわの腹毛が顔に当たり、後ろに向かってたたらを踏んだ。それと、ガチャという扉が閉まった音も。


「ぷは」


 ふわふわの毛が私の顔から離れる。シュタっとサルが着地するとスルスルと姿が変わっていく。


「えっ。キララちゃん!?」

「ん~、ばれちゃったら仕方ないね」


 キララちゃんは明るいショートの茶髪を揺らして言った。


「実はあたしたち、動物系アイドルなんだ」

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