また君の声が聞きたくて

四条奏

第一話 また君の声がききたくて

「美琴、そんなにはしゃぐとまた転ぶぞ」


「大丈夫だよ〜! りっくんは心配性だな〜」


 俺の前を子どものように歩き回る美琴は、放っておくとすぐにどこかへ行ってしまう。


 昔からそうだった。


「ぜっっったい逸れるから。手、繋ぐぞ」


「ふふっなんだか恥ずかしいね」


 物心ついた時には美琴こいつが俺の隣にいて、そしていつだって俺は美琴のお目付け役をしてきた。


 きっとこれからもこの縁が途切れることはないんだろうな。


 美琴はそそっかしいから、俺はいつだって目を見張らせておかないといけない。


 冬を感じるこんな寒い日なのに美琴の手は暖かい。俺の横で笑っている彼女を見ているだけで、俺は幸せだった。


「さっさと行くぞ。あんま並びたくねえし」


「りっくんとならいつまででも待てるけどね〜」


「うっせ!」


 ケラケラ笑う美琴と一緒に、何度目かわからない遊園地デート。


 俺と美琴がただの幼馴染から大切な恋人に変わった場所。これからも何回だって、ここで特別な日を迎えるんだろう。



「ねえ陸〜疲れちゃったの?」


「お前がグイグイ引っ張るからだろ......そんなに焦らなくても日の入りの時間は早まらねえよ」


「そうだけどさ! 今日はせっかくの記念日なんだし」


 遊園地の一角にある日没が見える港町ゾーン。


 おあつらえ向きに白い枠に吊るされたベルがあり、カップルがよく夕日を背に写真を撮っている場所。


 1年前、俺もまさかここで告白するとは思いもしなかった。


 でも、美琴はそんな普通を嬉しいと言ってくれた。だから今日もここにいる。


「美琴」


「ねえ! りっくん気合い入りすぎ!」


「美琴」


「......はい」


「これからも、俺と一緒にいて欲しい」


「私も。ずっと、ずっとずっっっと大好き」


 いつものような天真爛漫な美琴とは違う、少ししおらしさすら感じるような甘い表情。そしてそれとは対照的な真っ直ぐな言葉。


 風情も何もないかもしれない。


 でも、この普通こそ俺が、美琴が望むのだから幸せ以外の感情はない。


 しばらく見つめ合っていると、美琴が寂しそうな顔をして言ってくる。


「また、ここにこようね」


「ああ。約束だな」


「帰ろっか!」


「突然だなおい」


 微笑む美琴が急に走り出すので、俺も必死で後を追った。



「またねりっくん! 大好きだよ!」


「ああ。また明日学校で」


 いつもの帰り道。美琴と別れる交差点。


 俺の言葉に、美琴は少しだけ首を傾げて何かを訴えるように見つめてくる。


 そこそこ人もいるこの場所で、美琴が俺から引き出したい言葉。


 ―――大好き。


 喉元まで出かかっていたのに俺は恥ずかしさが上回った。


 目を輝かせながら待つ美琴。


「......言わねえぞ?」


「ふ〜ん! いいも〜んだ! ケチ!」


 何もよくなさそうに頬を膨らませている。立ち去ろうとする俺の袖を指先で握って離そうとしない。


「帰ったら電話してやるからさ」


「絶対だからね? 速攻ね?」


「はいはいわかったよ」





 それが、俺と美琴の交わした最後の言葉だった。





「美琴。今日もきたぞ」


 総合病院の一室で、すやすやと寝ている美琴。俺には本当にただ寝ているだけにしか見えなかった。


 美琴の寝顔はこれまで何度も見てきたんだ。


 この寝顔の時は確かにすぐには起きない。でも、頬をつついたりしていたらちょっと嫌な顔をして起きるくらいの、そのくらい普段通り気持ちよさそうに寝ているだけにしか見えない。


 あの日、なかなか電話が掛からなかったのがずっと引っかかっていた。でも、美琴のことだからはしゃぎすぎて寝落ちしたんだろって、そんなもんだと勘違いしてた。


 夜、美琴の母さんから電話があった。


『美琴が、車に轢かれた』


 嗚咽混じりに聞こえてきた言葉に、俺は絶句した。


 頭の中を俺と美琴の最後の会話が何十回何百回何千回も蘇ってきて、その度に突きつけられる。


 俺が美琴をこうしたんだと。


 あの時俺が美琴を家まで送っていたら。

 あの時俺が時間を指定していれば。

 ......あの時俺が見ことに「好き」の一言を言えていれば。


 取り返しのつかないことをした。


 だから、俺は毎日学校終わりに眠っている美琴のいる病室へと通っている。


 初めて見た時は人工呼吸器をして包帯で身体中を覆われていた美琴も、初夏に入る頃にはすべてが外れた。


 伸びた髪も看護師さんたちのおかげで綺麗に整っている。


 寝ているだけで汗もかいているし息もしているし、ちゃんと美琴はあの日のように暖かいまま。


 額をゆっくり拭きながら、今日学校であったことを話した。


「美琴、大好きだよ」


 あの日言えなかった言葉を俺は何度でも美琴に伝える。


 今度はもう、目を離したりしないから。


 いつか、また眩しい笑顔を見られる日がくることを信じて。

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また君の声が聞きたくて 四条奏 @KanaShijyo

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