雛祭異聞 ~AIによる研究発表~

於田縫紀

雛祭異聞

「今回発表するのは、かつてニホン、またはザパンと呼ばれていた地球の一地域で行われていた『ヒナマツリ』についてです」


 12歳女子に設定した標準タイプ外見構造物アバターがそう発表を始めたのを、俺はモニタで食い入るように見ている。


 今年の自作AI競技会の課題は『研究発表』。

 絵画資料や動画資料がなく詳細が不明な古代行事を調査し、その状況を動画化してわかりやすく発表するという内容だ。

 勿論調査や発表形式、発表動画については、AIが独自に考え作り上げる事になっている。

 

 そして今発表しているのが、俺の造ったAI『ボットちゃん』。

 本当は外見構造物アバターにもっと凝って、いかにも可愛らしい姿にしたかった。

 しかし大会規定では残念ながら『AI発表者の外見構造物アバターは標準タイプ構造物を使用すること』となっている。


 だからまあ、その中で比較的可愛い外見構造物アバターにしてみたのだ。

 ただ『研究発表』という課題にふさわしいものだったかは、今となっては正直自信がない。

 画面の中で『ボットちゃん』は発表を続けている。


「まずはこのヒナマツリの、マツリという言葉についてです。ニホンにおける祭りとは、定説では人が大勢いて騒ぐことだとされています。他にギオン祭り、裸祭り、男祭り、炎上祭り等、様々な祭りがあったとされており、ヒナマツリも同様に多くの人が集まり騒ぐものであったと思量されます」

 

 ずいぶんとマイナーな地域の、わからない物を調べたなと俺は思う。

 もう少し一般的に知られているものの方が、審査員としても採点しやすいと感じるのだ。

 しかし調べる対象を決めるのはAIで、制作者の俺は一切手を出せない。

 だからまあ、どうしようもないのだけれど。


「このヒナマツリについては、幾つかの文献によって、ある程度の態様は伝えられております。これらの文献を元に、ヒナマツリを再現したイラストがこちらです」


 画面にイラストが表示される。

 赤く段々になっている高い構造物に、何人か人や物が載っている。

 更には前にテーブルが置かれていて、何人か人がいるというものだ。


 まずは階段状になっている赤い段々が拡大される。


「これはヒナマツリには不可欠とされている、ヒナダンカザリと呼ばれる構造物です。この階段状になっている棚の数は2段、3段、5段と様々な形態の資料がありましたが、ここでは最も一般的とされていた7段15人と呼ばれる様式を参考にしています」


 赤い段の上5段には、様々な服装をした人がいる。


「このヒナダンカザリについては、画像資料や動画資料が残っていません。ですが、この時代のヒナダンとは、お笑い芸人がいる場所とされています。また人数はこの時代のヒナダンカザリの広告により『7段15人』で、『上から2人、3人、5人、2人、3人』という事も判明しています。

 ですので上から5段目までは、お笑い芸人をコンビ、トリオ、5人組、コンビ、トリオがそれぞれ陣取っているものと思われます。

 6段目はヒナドウグというものが置かれているそうなので、スタンドマイク、ハリセン、鼻眼鏡等のお笑い芸人が使用するとされる道具を配置しました。7段目は移動用の車という事なので、ベンツとマイクロバスを配置しています」


 何分マイナーすぎる内容なので、これが正しいのかどうか、俺にはわからない。

 しかし参考文献はしっかり別途表示されているし、今のところ破綻は無さそうだと感じる。


「またヒナダンカザリのお笑い芸人以外については、やはりこの時代に歌われていた歌の歌詞を参考にしました。翻訳をして表示します」


 翻訳された『ハッピーなヒナマツリ』という歌の歌詞が表示される。

 更に歌詞中で登場人物を示す語句が、赤く色づいてピックアップされた。

 具体的には『ゴニンバヤシ、オダイリサマ、オヒナサマ、カンジョ、ウダイジン、私』の6名分だ。


「このうち私とは、歌を歌っている自分自身を示すものと考えられます。ですので先にそれ以外の人物についてを考察します。

 まずこの中で明らかに官職が入っている者がいます。ウダイジンです。ウが何を示すかわかりませんが、大臣とは政府の高官を意味します。政府の高官がいる。つまりヒナマツリは国家的な行事であるのだろうと判断出来ます。またこのうちカンジョについては官女、つまり官僚の女性で、大臣の部下である女性役人だろうと判断出来ます」


 イラスト内に描かれている、セビロと呼ばれる服装を着た中高年男性とスーツという服装の女性が赤丸で囲まれ、それぞれ『政府高官』、『女性役人』と文字が打たれる。


「次にオダイリサマについてです。このダイリとは、この時代では代理、本人に代わって意思表示をする行為を示すものと思われます。つまりは何者かの代わりにいる者です。サマという敬称がついているので、かなり高位の者と推察されます」


 膨らんだ服装を着装し、頭に独特の冠をかぶった男が青丸で囲まれ『代理人』と文字表示された。


「またオヒナサマはヒナマツリとヒナという語句が共通しており、またサマという敬称がついています。おそらくはヒナマツリの主催者を示しているのでしょう」


 先程の代理人と談笑している、長い裾の服装を着た女性が黄色い丸で囲まれ『主催者』と書かれた。


「なおゴニンバヤシについては、残念ながら該当する語句が発見できませんでした。ただ笛や太鼓が付属しているようですので、効果音の担当者なのかもしれません」


 肩紐で腹の前に太鼓を固定し、バチを持って、更に笛を斜めにぶら下げた男が灰色の丸で囲われた。


「さて、この歌の最後に登場する人物である、私についてです。晴れ姿で、何より嬉しいとされている事から、おそらくはこの日のメインの登場人物だと思われます。

 そして今まで明らかになった通り、ヒナマツリの主な登場人物は芸人です。

 となると、メインの登場人物で晴れ姿の私は、おそらくは司会者か、最高位のピン芸人でしょう。赤い段に乗った15人の芸人を従えて、此処で司会またはお笑いを披露するものと思われます」


 イラストの登場人物は、全員これで説明が終わった。

 

「さて、以上の考察から、ヒナマツリの主体はお笑い芸人であることは明らかです。そして政府高官がいることから、国家的行事であることも確かでしょう。

 とすると、このヒナマツリという行事は何であるか。この鍵は、代理人が何を代理しているかにあると私は考えます。主催者と並んで、すました顔をしているとされるこの代理人。

 私はこの代理人とは、神の代理ではないかと考えます」


 これは思考の飛躍ではないだろうか。

 そう審査員に判断されると、間違いなく減点される。

 大丈夫だろうか。

 祈るような思いで、俺は画面を追い続ける。


「この『ハッピーなヒナマツリ』では、政府高官より代理人の方が格が上であるようです。主催者と並んでいることと、サマという敬称がついている事からそう推察できます。

 政府高官より格上の存在、そう考えると一般的には国王的な存在か、更にその上である神しか考えられないでしょう。

 当時のニホンという地域は、テンノーヘイカという現人神が君臨していたことが明らかになっています。ならば政府高官の上は、間違いなく神でしょう」


 なるほど。これなら論理的にはぎりぎり大丈夫だろう。

 俺はふっと息をつきつつ、画面を追う。


「つまりヒナマツリとは、お笑い芸人による芸を神に奉納する行事である。これが私の結論です。マツリという名前がつくことから、実際はこの絵に描かれている人物だけでは無く、観客も大勢いたことだろう。更には政府高官や役人などについても、実は1人ではなく複数人いることでしょう。

 これらを考慮した結果、ヒナマツリとはこのような形だと考えられます」


 7段それぞれにいる芸人と道具、搬送車領。

 そしてその前中央にいる司会のピン芸人。

 更にその正面にいる神の代理人と主催者、そして政府高官とおつきの女役人。更に横に効果音担当。

 そしてそれらの人々の背後をぐるりと取り囲むように、大勢の観客が追加された。


「このヒナマツリを動画化した映像は、こちらとなります」


 大勢の観客が集まっているのが見える。

 その前には巨大なステージ。赤い絨毯が敷かれた七段の舞台と、ステージ中央最前部にライトアップされた人物。


 彼がさっと背後を振り向き、手で背後の一点を示す。

 舞台全体が暗くなり、示された部分の段だけがスポットライトで照らされ、芸が開始される。

 テンポがいい芸に、右側に控えた楽団による効果音。

 それを観客席最前列で見ている主催者と神の代理人、酒をちびちび飲みながら見ている政府高官。


 なるほど、確かにこれは国家的で大々的な神事だ。

 そして映像化した際のインパクトもなかなか大きい。

 流石俺の『ボットちゃん』、いい題材を選んだようだ。


 採点はどれくらいになるだろう。

 審査員は20人で1人の持ち点は5点。そして今までの最高点は89点。

 俺は結果に期待しつつ、画面を注視し続ける。


(FIN)

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