和風ひな飾りの謎

小野ニシン

和風ひな飾りの謎

 これは僕がまだ中学生だった今から十年くらい前の話。僕の母方の祖父は観光ボランティアをしていて、ときどき遊び行くと近所の名所や史跡に連れて行ってくれた。

 冬が終わりを迎えて暖かかった三月のある日、祖父は僕を神社の隣にあるお屋敷に連れて行ってくれた。このお屋敷は江戸時代の住居を昭和に修復したもので、重要文化財にも指定されている。茅葺きの切妻屋根が趣深く、目を惹く。

 三月になると豪華な雛飾りを行うため、いつもよりも訪れる人が多い。祖父も僕に雛飾りを見せてあげようと思って連れてきたのだった。

 僕は祖父に続いて靴を脱いでお屋敷に上がった。すると、すぐに雛壇が目に入った。

「うわぁ」

 僕は思わず声を上げた。和風の広間には、多数の雛壇が横並びになっていた。正面から見るとすると、自分たちは今は左端にいることになる。一番遠くに見えるお雛様の顔は米粒よりも小さかった。

「凄いだろう」

 祖父が自慢そうに言ってきた。だから、僕は言ってやった。

「でも、あんまり来てる人が少ない」

「そうだねぇ。あんまり知られてないからねぇ」

「登録者数が十万人の僕のYouTubeチャンネルに動画を投稿すればすぐにお客さんも増えるよ」

ニシンはインターネットもやっているのか。最先端だねぇ」

「外国人観光客が来ても大丈夫だよ」

「なんでかなぁ?」

「僕、TOEICが870点だから」

「凄いねぇ。100点じゃ収まらないから870点も取れちゃうんだねぇ」

 僕が雛飾りなんかよりも凄い存在だということを納得してくれた祖父は、素直に黙って雛壇を見せてくれた。

 正面から見ると、雛壇は全部で七つあることがわかった。いずれもフルセット揃っている立派なものだ。

 ゆっくり歩きながら雛壇を観ていると、僕はあることに気づいた。

「ねぇ、じぃじ」

「なんだい、鯡」

「ここのスタッフには関西人がいるの?」

「え? 一体何の話をしているんだい?」

「だって、ほらあそこ」

 そう言うと、僕は右から二番目の雛壇の最上段を指差した。

「あの雛壇だけ男雛と女雛の並べ方が逆だよ」

 祖父も僕が指差した先の雛壇を見つめた。そこには、男雛が右、女雛が左に並べられていた。一方、他の雛壇では、男雛が左、女雛が右に並べられている。例外なのは、祖父と僕が見つめている雛壇だけだった。

「本当だ。でも、関西人は関係ないだろう」

 祖父は優しく微笑みながら言う。まるで僕が何か変なことを言っているかのような態度だった。僕は即座に反論した。

「じぃじは知らないかもしれないけど、ほとんどの地域では内裏雛は左に男雛、右に女雛を並べるんだよ。でも、京都とかその周辺の関西地方では、古くからの慣習に従って今でも右に男雛、左に女雛を並べるんだよ。だから、僕はもしかしたらこの雛壇を設置した人は関西人なんじゃないかと思ったってわけ」

「ごめんね。鯡の方が賢いから色々わかるんだね。凄いねぇ。でもね、じぃじはこの雛壇を設置した人を全員知ってるけど、関西の人はいないよ」

 僕は顎に手を当てると、左右逆になっている内裏雛を見つめて考え始めた。その間に祖父は言った。

「きっと誰かが間違えて置いたんじゃないかな。じぃじが後で言っておくよ」

 でも、僕にはそうは思えなかった。他の雛壇は正しい並べ方をしているのに一つだけ違うのはどう考えても不自然だった。これだけ雛飾りに力を入れている人たちが、並べてる最中に誰もミスに気づかないわけがない。

 そうやって考えているうちに僕にはわかった。

「じぃじ、今度からガキがパチンコで遊ばないように注意した方が良いね」

「パチンコ? ガキ? 一体何の話をしているんだい?」

「だから、誰かがあの最上段の雛人形を倒しちゃったんだよ。そうとしか考えられない。だって、元々はきっと正しく並べられていたんだから、違った並べ方になるとしたら誰かが落として並べ直したときに間違えてしまったときだよ。

 しかも、その人は他の雛壇の並べ方にも注意を払っていなかったわけだから、ここのスタッフだとは思えない。それに、右から二番目の雛壇だよ。一番端っこなら一般客が間違えて落としてしまうこともあるけど、二番目の最上段には大人でも手が届かない。

 だから、ガキの仕業に決まってるよ。パチンコか吹き矢か知らないけど、誰かがここで遊んでいたんだろうね。もしかしたら、雛人形を標的にした射的ゲームでもやっていたのかもしれない。そんなことをやるのは小学生だよ。すぐにでも犯人を見つけ出して出禁にした方が良い。おもちゃも全部取り上げて出禁だよ」

 僕は一気に言い切った。祖父は僕の勢いに気圧されていたようだったけど、主張には納得してくれた。なぜか僕のことを心配そうな表情で見つめてきたけれども。

 その後、祖父が知り合いのスタッフに聞きに行くと、いつも遊んでいる小学生がいることが判明した。後で話を聞いて、本当なら注意しておくと請け負ってくれた。僕は注意だけでは生ぬるいと散々言ったけれど、祖父もスタッフも「まぁまぁ」と適当な反応しかしなかった。

 夕日が沈みつつある中、お屋敷からの帰り道で祖父は言った。

「じぃじは鯡にはあんまり『ガキ』とかいう言葉を使ってほしくないな。人と話すときにはもっと優しい言葉を使ったほうが良いね」

「ガキはガキだから。附属中に通ってる僕とは違うんだよ」

 そう言い返すと、祖父はさみしげに溜め息を吐いた。僕にはいまだにその意味がわかっていない。

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和風ひな飾りの謎 小野ニシン @simon2000

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