私はアイドル、でもあなたは私のアイドル

田中おーま

第1話

ひかりは売れないアイドルだった。

彼女の所属するグループ「トワイライト☆ドリーム」は、知名度がほぼ皆無で、昼間のライブにはせいぜい10人程度の観客しか集まらない。

それでも彼女はいつかたくさんの人に見てもらえると信じ、ステージに立ち、笑顔で歌い、踊る。


その日も、いつも通りのライブだった。観客はまばらで、最前列の数人だけがコールを入れてくれる。

観客が数人でも、ひかりは全力でパフォーマンスをする。

ライブが終わると、疲れた身体を引きずるように帰路についた。


ふと、公園の脇を通ったときだった。

ブランコに座り、無邪気に揺れを楽しむ中年の男性が目に入った。

黒のスーツに身を包み、ネクタイをきちんと締めたその姿は、まるで仕事帰りのビジネスマンのようだった。

しかし、彼は平日の昼間からブランコを漕ぎ、楽しそうに笑っていた。


その笑顔を見て、ひかりはむしゃくしゃする気持ちが芽生えた。


―――無職なのに、なんでそんなに楽しそうなの?


自分が上手くいかない鬱憤を晴らすように、おじさんに注意することにした。


「ねえ、おじさん。それ、子供たちが乗れなくなるからやめたほうがいいよ」


 ひかりが声をかけると、おじさんは驚いたように振り向いた。


「ああ、ごめんごめん。でもさ、風が気持ちいいんだよ。乗ってみる?」

「私はいいよ。……っていうか、暇なの?」

「暇だねえ」


 おじさんは悪びれずに笑った。その様子を見て、ひかりはふとある考えが浮かんだ。


「だったら、私のライブに来てみない?」

「ライブ?」

「そう! アイドルのライブ! チケット代も安いし、暇ならぜひ!」


おじさんはしばらく考えた後、「じゃあ、行ってみようかな」と軽く返した。


それから、おじさんは本当にライブに来るようになった。

最初は後ろの方で大人しく見ていたが、回を重ねるごとに前の方へ移動し、いつの間にかコールを覚え、サイリウムまで持参するようになった。

いつもスーツ姿のまま、まるで仕事帰りのような格好でやってくる。

しかし、ひかりには昼間からブランコに乗って暇をつぶすおじさんが働いているとは思えない。


「ひかりちゃーん! 今日も最高!」


おじさんは、ほぼ毎回ライブに来た。

そして、いつしかひかりの視界には、おじさんの姿が欠かせないものになっていった。


ある日、楽屋でメンバーのひとりが言った。


「ねえ、ひかり。あのさ……あのおじさん、正直ちょっとキモくない?」

「え?」

「あの最前列のスーツのおじさんなんだけどさ…。毎回いるし、すっごい必死だしさ。ちょっと怖いっていうか……」


ひかりは言葉に詰まった。確かに、おじさんは目立つ存在かもしれない。

でも、彼がいるからライブが少しでも盛り上がるのも事実だった。


「……でも、観客が少ないから、来てくれるだけで嬉しいよ」


 本当は、きもいなんて思っていなかった。でも、そう言うしかなかった。


不思議だった。売れなくても、観客が少なくても、おじさんが楽しそうに応援してくれるのを見ていると、ひかり自身も楽しくなってくる。

気づけば、彼女の中でおじさんが「アイドル」のように輝いて見えた。


おじさんは、汗水たらしながら、完コピしたダンスを踊っていた。私には、その汗がキラキラと輝いて見える。

見ているだけで、元気になれるような笑顔で踊るおじさんに夢中になる。


まるで、おじさんこそが「トワイライト☆ドリーム」のセンターのように感じる。


しかし、現実は厳しい。CDは売れず、ライブの動員も増えない。やがて運営からグループの解散が告げられた。


「……やっぱり、ダメだったね」


ひかりは自分の限界を知り、落ち込んだが、何よりに会えなくなるのが悲しかった。


最後のライブの日、いつものように最前列でおじさんはいた。

彼は、泣きそうな顔をしながら、一生懸命サイリウムを振っていた。

そんなおじさんを見ているとひかりも涙が出そうだった。

でも最後のライブだけはどうしても笑顔で終わりたかった。

まるで、代わりにおじさんが泣いているような気がして、最後まで笑顔で乗り越えることができた。


ライブが終わり、ひかりはアイドルを卒業した。

これからは普通の生活に戻る。アイドルではなくなるのだ。


スーツを着て就職活動を始めた。

しばらくして、帰り道に公園を歩いていると、例のおじさんがブランコに座っていた。


「おじさん、またブランコ乗ってるの?」

「ひかりちゃんこそ、元気?」

「うん。これから就職活動しようと思って」

「そっか。でも、働くのって大変だよね」

「まあね。でも、もうアイドルじゃないし、ちゃんとしなきゃ」


 ひかりは少し寂しそうに笑った。


「じゃあさ」


 おじさんは、にっこりと笑いながら言った。


「俺も就職活動しようかな。一緒に頑張る?」

「……おじさんも?」

「うん、せっかくだしね」


 ひかりは驚いたが、次第に頬が緩んだ。


「なんか、おじさんと一緒なら、頑張れる気がする」


 おじさんは相変わらずアイドルみたいに輝いていた。ひかりは、今度こそ本当のステージに立つつもりで、一歩を踏み出した。



おわり

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私はアイドル、でもあなたは私のアイドル 田中おーま @manmaru0310

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