言われるまで気づかなかった。
春野 セイ
行方知れず
その日は、友だちのユメちゃんが遊びに来ていた。
3月3日、ひなまつり。桃の節句とも言う。
当時、私たちは、お人形遊びをしていた。すると、部屋に置かれてあるショーケースに入ったひな人形にユメちゃんが気づいた。
「あれ? このひな人形、変」
「えっ?」
私は物心ついた時から、ずっとこのひな人形しか知らないので、変だと言われても気づかなかった。
「どこが変なの?」
「うちのと全然違う」
ユメちゃんが言った。
「えー、違うの? どっか、おかしいのかなこのひな人形」
私はお人形さんを持ったまま立ち上がり、ひな人形に近づいてじろじろ見た。
ひな人形はお内裏様とお雛様、二体ちゃんと座っているし、どこも変じゃない。
「このお雛様、金髪じゃん」
「え? お雛様は金髪じゃないの?」
「金髪のお雛様なんて見たことない。ていうか、このお雛様、リコちゃんじゃん」
と、私たちが今手に持って遊んでいる人形を指さした。
そう言えば、私がもっと小さい頃、リコちゃん人形が一体行方不明になったことがあった。
「ちょっと、おかーさん」
私とユメちゃんは、お母さんを呼び出した。
「なあに?」
台所からお母さんがやってきた。
「おかーさん、なんで、うちのひな人形、リコちゃんなの?」
「ギク」
お母さんがそう言った。そして、「え?」と白々しく聞き返した。
「え、じゃないでしょ」
ユメちゃんが、まるで怒った時のお母さんの真似をした。ユメちゃんは、トントンと人形のショーケースをつついた。
「しょーじきに言いなさい」
私たちに問い詰められて、お母さんは頭を搔いた。
「あれは、クミちゃんが3歳くらいの頃だった」
と、真実を語り出した。
それは、当時お母さんが私のひな人形を押し入れから出して来て、リビングに広げて防虫剤やらお雛様とお内裏様を取り出している最中、ヤカンがピーっと鳴り出したので、慌ててIHを止めに行ってから戻ってみると、お雛様だけが消えていた。
犯人はすぐに分かった。
「あの子よ!」
お母さんが指さしたのは、飼い犬のポメラニアンの男の子、ルイ君だった。
「ルイくん?」
ルイ君がお雛様をくわえてどこかへ行ったらしい。
「へー、それで?」
ユメちゃんが追及する。
お母さんは、すぐにルイ君を探したが、見つけられなかった。しかし、変わり果てたお雛様が転がっていた。
お母さんはその時思った。
ヤバイっ。
ひなまつりは明日なのに、お雛様一体だけをどうやって手に入れよう。その時、あなたのリコちゃんを思い出したの。
お母さんはそう言って両手を私たちに差し出した。
「自首します」
私とユメちゃんは顔を見合わせた。
「それで? お雛様はどうしたの?」
ユメちゃんが聞いた。
「え?」
お母さんが目を丸くする。
「その変わり果てたお雛様はどうなったの?」
お母さんはそれには答えずに、天井を見上げた。
「覚えていないわ……」
嘘をついているようには思えなかった。すると、ユメちゃんが、来年、もう一回聞くからね、と言った。
そして、今もうちのひな人形は、金髪のままである。
黒髪のお雛様の行方はまだ知れず。
言われるまで気づかなかった。 春野 セイ @harunosei
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