ひなまつり
糸花てと
第1話
〝あかりをつけましょ ぼんぼりに〟
歌に惹かれて行ってみたら、母の姿があって、箱から何かを出していた。夕方、薄暗くなってくる空。薄暗い畳の部屋。
私に気づいた母は、正座してる姿勢から立ち上がり歩み寄る。少し怖気づいてる私の手を優しく包み、「ひなまつりだから、お人形を出すの」と、やさしい声が届く。
その声に勇気をもらい、薄暗い部屋へ入って行ってた小さい頃の私。
〝おはなをあげましょ もものはな〟
ぼんぼりに、ホワッと淡いひかり。人形の顔が見えた。
「綺麗でしょ?」と聞いてくる母に、私は、ただ人形をみつめていた。
ぼんぼりを灯すのに薄暗い部屋じゃないと意味がないのはわかるけど、人形の顔が浮かび上がるし、たぶん、当時の私は怖かったんじゃないかな。
〝ごにんばやしの ふえたいこ〟
正座をする母、その膝に私は座る。ふわりと抱きしめられる。頭の上から聴こえてくる、鼻歌のような。消え入りそうな歌い方をする母。
楽しい日なのか、そうじゃないのか。子どもながらに色々と考えてた。
〝きょうはたのしい ひなまつり〟
畳の部屋から聴こえる、母の歌う声。人形を出しているんだと、すぐに思った。正座をして、ゆっくり丁寧に扱う姿を眺めた。
小学校を卒業したときだったか、「双子のお姉ちゃんがいたんだよ」って独り言みたいな、ぽそっと母は言うんだよな。だから気にしなくてもいいかなって、確認のタイミングがみつからなかった。
やっぱり。鼻歌のような、消え入りそうな歌い方をする。
日が暮れてきて、薄暗い畳の部屋。ひなまつりの日になると、いつもこうだな。決まった日に、決まった行動がある。
そういうのが見えてくると、冷たい想像をしてしまう。
私に見せたかったんじゃ無くて、私の双子の姉を想って飾ってたんだね。生まれてすぐ亡くなったとか? 双子ってことは、似てるところがたくさんあったりするのかな。もし生きてたら、お母さんは私たちをどんなふうに見るんだろ。
右手がゆっくりと上がっていき、人形の髪に指先が触れていく。そっと撫でてる母の姿、見てるのが嫌だって思って、気づくと泣いてた。
込み上げてきた気持ちはなかなか止まらなくて、私の家ではひなまつりの日は、かなしい日みたい。
ひなまつり 糸花てと @te4-3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます