ふたつきだけのひみつきち

八咫空 朱穏

ふたりだけのひみつきち

陽七太ひなた菖也しょうや、ちょっと手伝って欲しいの」


 僕ら兄弟はお母さんに呼び出される。2月の、しかもよりによって、家の中で一番寒い玄関に呼びつけるなんて。お母さんは何考えてるんだろう?


 お兄ちゃんとふたり、暖かいリビングから玄関に向かうと、玄関にはいくつか見慣れない箱が置かれている。


「えー……。俺ら、これ関係ないじゃん」


 玄関に置かれた箱を見て、お兄ちゃんの陽七太はダルそうな声を上げる。


「いいじゃない。陽七太たちが準備したってなったら、雛乃ひなのもきっと喜ぶわよ」

「だからって、ただ働きはヤダ。ボランティアじゃねぇんだから」


 五年生のお兄ちゃんは、難しい言葉を使ってお母さんに反論する。三年生の僕は、そのやり取りをわきで見ている。


「ほら、家の行事だから……ね? それに、お母さんひとりじゃできないし」


 お母さんがひとりでできないって言うのはわかる。だって、今から組み立てようとしてるのは、クリスマスツリーよりも大きなものだから。


 クリスマスは僕もお兄ちゃんも関係あったから、何も言わずに組み立てるのを手伝った。だけど、今回の雛飾りは僕らに関係ない。


「そうだよ。雛乃は関係あっても、僕とお兄ちゃんは関係ないじゃん」

「陽七太は渋ると思ったけど、菖也もかぁ。うーん、仕方ないわね……。それじゃ、買い物についてきてくれたら好きなお菓子買っていいわよ? これで、手伝ってくれる?」


 お兄ちゃんが頷く。


「それならいいぜ」

「うん、好きなおやつを食べれるなら」

「よかったぁ、助かるわぁ」


 こんなやり取りがあった後、僕たち3人で雛飾りの組み立て準備を始める。まずは納屋から箱を運び出す。納屋にある箱は色んな大きさがある。宅配便で届くくらいの箱や、僕らの背丈よりも大きな細長い箱。体育座りしたら中に入れそうなくらいの箱もある。細長い箱は重くて、お兄ちゃんとふたりで運んだ。 


 全部の箱を運び終わったら、今度は骨組みを組んでいく。


「うげぇ……。これめんどくせぇ」


 骨組みの説明書とにらめっこしながら、お兄ちゃんがつぶやく。僕も説明書を見せてもらったけど、簡単な感じじゃなさそうってのはすぐにわかった。


 お母さんに解読してもらいながら、僕たちは骨組みを組んでく。


「なんか階段みたいだね」

「7段飾りだから、段々になるのは当然だな」


 ちょっと苦戦したけど、骨組みを組み終わった。ここまで終わってしまえば後は簡単。お母さんが赤い布を敷いて、雛人形と飾りを決められたところにセットしていくだけだ。お内裏だいり様にお雛様。三人官女かんじょと五人囃子ばやし随臣ずいじん仕丁じちょう、それに雪洞ぼんぼりとかの飾り物。飾るものが多かったから、全部飾り付け終わるまではそこそこ時間がかかった。


「今日はありがとうね。また4月にしまう時に手伝ってもらおうかしら」

「タダ働きはイヤだぜ?」

「ちゃんとおやつとか用意するから、ね? とにかく、ありがとう」


 お母さんは少しだけ雛飾りを眺めてから、リビングに暖まりに行った。ふたりだけになったのを見計らって、お兄ちゃんが僕に耳打ちしてきた。


「思ったんだけどさ、これの裏って、狭いけどいい感じだぜ」

「どういうこと……?」

「来てみりゃわかる」


 雛飾りの裏に回り込んでみると、お兄ちゃんの言ってる意味が分かった。


「おー! ひみつきちだ!」

「な、いいだろ。今日はここでおやつ食おうぜ」

「さんせーい!」


 僕たちだけのひみつきちは、僕たちが組み立てた七段飾りの裏っかわ。雛乃のための雛飾り。だけど、その裏には僕たちのためのひみつきちがある。僕たちには関係ないと思ってたけど、ひみつきちができるなら手伝ったかいがあったかも。

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ふたつきだけのひみつきち 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

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