第6話 沢村マイ

「ん? そうだけど」


 たしかにそれで合っている。彼女自身もそうであると自己紹介した。

 等身大である。なんと異質な、それが動いてしゃべっている。唇も、表情も動かすことなく。

 マイはヒーローショーに用いる精巧な着ぐるみだと思っていて、しょうじき距離を置きたい人物と感じていたが、命の恩人らしいことから無碍にはできずにいた。

 だが、本物のフィギュアであることが判明してマイは固まる。ようやく理解した、中にヒトは入っていない。この固定された笑顔の内側にジン体は収まっていない。それが動いて、なおかつしゃべっていた。

 そんな怪奇現象以上に彼女が看過できないのは我が身。異質と感じる、巨大なティッシュの下の自らは。


「なんなのこの体……。硬い? わたしはニンゲンだった? ……のに?」

「イヤイヤイヤ、なに言ってんのさ、アンタどこから見てもフィギュアじゃん。アンタもアタシもフィギュアに決まってんだろ。どこの世界にそんな厳ついティッシュがあるってのさ」

「そう? ……ですよね……」


 眼前に居並ぶ建物は東京なんかよりもっともっと巨大で、厚い。道路はまるで大河のごとく。この路地ですらマイの目には幅100メートルはありそうに見えて。

 なにより説得力をもつのは自身の手。


「……あなたはどう見ても人や着ぐるみではなく。しわも爪もないこの手は、この硬い頬は、動かない唇は、おそらくわたしもそうなのだと。認めざるを……得ない……」

「いや〜、なんだかよく分っかんないけど元気出しなって。アンタの電脳の修復さえ終わりゃあきっと元通りさ。ちっとアタシが強く頭をたたきすぎたみてえだな、ゴメン! でもさ、あの大火災のなか生きて帰れただけで儲けもんってやつよ」


 詩音の言葉は耳に入らず。

 二の腕や前腕を触ってたしかめる。しかし触覚の応答はない。

 身体の形状は自分が覚えているもの、しかし柔らかさが皆無。毛穴も、ムダ毛も、ほくろのひとつさえ認められない。

 骨格の上に表皮のかわりとなる軟質プラスチックがかぶさっているだけ、筋肉はない。目の前の彼女と同じ構造。基本は骨格の強化ポリスチレンの硬さである。

 マイはようやく飲みこんだ。

 きのうまでヒトだと思っていた自分が、今日になったら小さくなっていて。しかも素材はプラスチックに。


「そう落ちこむなって。そんだけ立派な胸に造形してもらっててさあ、それ以上はぜいたくってもんじゃね? アタシなんか、ほれ」


 気づかって、大きな身ぶりで冗談まじりに詩音が励ました、だが。


「どうぞどうぞ、こんなカッチカチの胸でよければさあどうぞ」

「悪かったよ。そんなヤケにならなくてもさあ。生きていたんだ、アンタのほかはぜんぶ、綺麗さっぱり燃えちまったんだぜ?」


 そう言って詩音は見やる。すべてが焼失してしまった、おもちゃ工場の方角を。そこからは見えない。高さすら減じられ、今は元の半分ほどの瓦礫が残るのみ。

 マイは自らの胸に視線を下ろしたまま。


「生きている……のでしょうか。もはや鼓動も打たない、鋼鉄のような硬さのこの胸は、いったいなにを内包して?」

「有り体に言っちまうとメモリーチップなんだが。アンタが言ってんのぁそういうこっちゃねえよな。ニンゲンだって思考の素は脳細胞がやりとりする電気信号ネットワーク、それが心の正体ってやつだろ? だったら機械にも心があるってわかってくれ」

「ごめん……なさい。わたし……」

「ああ、いいっていいって、機械を差別した言葉だったんじゃねえってことくらい。アンタも同じにそうなんだって、そう言いたくって」


 詩音の気遣いはマイにだって伝わっている。その慮りに対し。


「ありがとう」


 詩音は思う、彼女の記憶の混濁、と言うよりは電脳の混乱。何はともあれ記録装置内部では是正に向けて演算処理が継続されているはずで、その混乱は時間とともに解消されるはず。


「んじゃあま。ほれ、これでもかぶってな」

「!?」


 しごく乱暴に、クレアの頭部に載せられたのは帽子。

 ではなく髪である。詩音が拾ってきた、どこのだれのものかもわからない髪パーツ。同じ1/6の身であれば、およそサイズは合う。

 マイはそれの適正な位置を探りつつ。


「あ、ありがとう、ございます?」

「色も形もちがうだろうけど、今はそれでがまんしててくれ。いろいろあったんだよ、アンタにも、あの工場にも。いろいろあって、それだけが無事だった子のものさ。もらってやってほしい」

「そうですね、そうするのがきっと、一番いい」

「なんなんだろうな、それ。どうしてアンタはヒトの人格っぽいものを持たされてんだろう。そんなの見たことも聞いたこともない」

「わたしだってない……」

「それにしても電子頭脳が記憶喪失とか。よくもまあデータが飛んでんのに稼働してるよな。ふつうデータが消えちまったんなら丸ごと一切合切、電脳ぜんぶが使用不能、動くことも考えることもままならねえはずなんだが。まるで都合よく――」


 多数の影が不快な羽音とともに高速で通りすぎた。


「え!? 今のなに!?」

「この状況で!? 敵かよ!」

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