第3話 本社工場炎上

「フングオおお、すんげえ空気の抵抗……!」


 詩音は自らが砲弾となって飛ぶ。

 本来髪はとり外したほうが空気抵抗が少なく有利だが、彼女のものはパーツ分けされておらず。しかし比較的短髪であり、偶さか空力を妨げない形状をしていた。


「まるで土の中を進んでいるみてえだ。もし指なんか出そうもんならかんたんにもげるぜ……!」


 10分間の飛行ののち、はたとした。

 下降線へと入り、速度も落ち。落ちつきをとり戻したところで思い至る、これから先に自らが置かれる境遇について。


「ヤッバ、飛んできたまではよかったけれど。どうやって安全に降りよっか……」


 師団長が真に心配していたのはこちらであった。

 つまりはこう。降りることは可能、だが無傷で降りられはしない。腕部か脚部か、なんらかの犠牲を払わずして地上には達せられない。


「あちゃー、まったく考えてなかったか、ドンマイ。とにかく行かなきゃってだけで……って、こうやって考えてる時間もないのかも」


 演算能力はヒトが使う最先端スーパーコンピューターよりも数段高い。ヒトでは現状ビルを埋め尽くすようなデータセンターがロボトイやフィギュアの中に収められている。

 しかしなにを演算するかは個々の判断に委ねられており。詩音は方角と仰角、距離、発射時における自らの衝撃耐性を計算したまで。着陸はいまだ考慮していなかった。個性と呼ぶには残念な中枢である。

 答えを導くよりも早く、めざしていた方角に不吉な灯りを光学センサーが、頭部にある双眸がとらえた。


「くそぅ、こういうときの予感は当たっちまうんだよな……」


 大規模な火災である。広大な面積をもつ、ひとつの区画がまるまる炎上中。

 夜間に明々と、同時にもうもうと火炎と黒煙を上げるのは、座標から特定するまでもなく本社工場。すでに敷地全域が手をつけられない状況に陥っており、主だった建屋は全焼の気配すらただよう。

 何者かからの強襲の報を受け、九州から飛行部隊が先発したのはずいぶん前。詩音はそれらを途中追い越しもしたが、最初の救難信号からはゆうに40分が経過していた。

 彼女は自らに言い聞かせる、他のだれでもない、ここにいる自分が。


「やるっきゃ……ない! いけぇえ!」


 装備のほとんどは実弾系、撃った反動でさらに加速するための全弾斉射である。

 海を標的に、ありったけを吐き出した。相模湾でヒト知れず、決して小規模でない爆発が起こる。


「驚かせてごめん、船のヒト。地面にぶっ放すわけにゃあ行かねえもんな。さあて、あとは摩擦だけでいけるか……?」


 この加速は入射角を少しでも浅くするためのもの。ブレーキをかけては返って垂直落下に近くなる。そのための増速。

 手持ちの武装は手首が折れるので放った。どのみち残弾はゼロ。

 手足を可動域のかぎり縮めて丸くなり、まもなく地上。


「アばばばばばばばばばばばばばば!」


 フルアーマーの装甲で地面との摩擦に耐える。誘爆しうる弾薬はすべて発射した。今は材質の強化ポリスチレンの発火点を、上まわらないことを願うばかり。


「どえ〜! けっきょく火ぃ! 燃えたァ!!」


 破損をしないためのきわめて浅い入射角、ゆえに衝撃は最小でも、地面との摩擦は最大化する。

 詩音はひとつの面で地面とこすれないように、転がるようにして着地したのだが、それでも着火してしまった。それほどの速度だった。


「あれ!? 外れない!?」


 詩音が混乱していると、ALICEが自己判断でパージする。


『アーマーを強制排除します』

「助かった! サンキュー!」


 彼女は本来の着脱方法で外そうとしたのだが、アーマー側が機能停止に陥っており無反応。見かねたALICEが爆砕ボルトに点火をし、強制排除したのだった。


『急ぎませんと』

「だな!」


 走る。

 今はどうにか走ることができる。ゆるんだ関節部はどうにかついてくる。早急にパーマネントマットバーニッシュによる関節へのメンテナンスが必要とのアラートがでる中、それを無視してひた走る。

 工場の大規模火災とあってとうぜんジン類の消防隊が現着しており、消化活動中。世界有数の大企業の有事、あるいは不祥事の可能性とあって野次馬も多数。

 自律稼働するフィギュアとしては表立っての行動はできない。ヒトに対する存在は徹して秘匿されている。ゆえに縁石を利用して目立たないよう、ヒトゴミにまぎれ、炎に照らされないようにして近づいてゆく。


「いけるALICE?」

『もちろんです』


 詩音は唯一残ったオプション装備を飛行形態に変形させ、放ち、自分は物陰に隠れる。

 ALICEが上空から共有してきた視覚には、予想だにしなかった光景が広がる。


「これが!? あの本社工場だってのか……!?」


 遠くから捉えた際の目測は、解像度の限界から多分に希望的観測が含まれていた。今は間近、フィルターなし。

 自らをも製造してくれた工場、それが無惨な姿で。

 かつての面影を見つけることすらできない。敷地内の大小ある全建物が一様に燃えている。恨みとすら読みとれる徹底された破壊。シルエットだけを保持した建造物が轟々と燃焼している。窓という窓から、屋上から排気口から火を噴いている。

 ヒトの避難が完了しているため救助活動の気配はなく。放水は積極的な消火を目標とせず、周辺地域への延焼を防ぐ目的へと切りかわっていた。もはや手をつけられる状態ではないのだ。


「くぅッ! この……!」


 詩音は立ち尽くす。

 工場内施設の案内マップ、金属製のそれすら容易に変形させる放射熱を前にして動けない。己が身を案じて。彼女はプラスチック製なのだ。

 ヒトは無事に避難した。ヒトは。

 だがフィギュアは燃えている。

 ロボトイは溶融している。

 組み立て途中で。

 あるいは塗装前で。

 パッケージに入れられ、ブリスターパックから出られない状態で焼かれている。


『ALICE、戻っといで』

『了解です』


 指示を出しつつ、詩音は自身と要救助者との間でゆれていた。

 百歩ゆずって自我を持たない通常のおもちゃ製品ならまだがまんできる。自律稼働できるロボトイやフィギュアは奥まったセクションでの少数生産、決して多くはない。

 だがゼロではないのだ。起動スイッチを入れられることなく、ただ炎に焼かれる個体は必ずあの中に存在する。

 この期におよんではイチ戦闘員たる彼女にできることなどない。それを自覚して立ち尽くしている。救うべき味方は火炎の中、討つべき敵すら見えない。たとえ飛びこんでも、無惨な燃えかすがもうひとつ増えるだけ。

 たとえ高度なAIといえど、その身体は亜鉛合金かプラスチック製品であることに変わりない。自らの耐熱能力を千度も上回る熱には対処のしようもない。

 それは先刻わかっている。ヒトの身であれば無謀にも飛びこめた。だが彼女はAIなのだ。無味乾燥に計算して、動けずにいる。しかし、それを易々と飲みこめるほど冷徹でもない。

 眼前にはまるでこの世の終わりのごとき大規模工場火災。

 数多ある建材やたくさんのプラスチックが焼ける異臭と。

 煙を延々吐きつづける災禍の中より今。


『何者かが来ます。2時の方角から』

「!? なんだって!?」


 業火を突き破って、漆黒の戦士がただ一機、勢いのまま雄々しく脱出してきた。

 外観からは個体の判別がつきにくい。黒百合の名をもつ機体ではなく、黒い雄牛の名前を冠したロボットでもない。

 その体躯は火を纏っていた。

 圧倒される、あまりの惨状に。それと同時に、詩音は黒衣の戦士の受難を前にしてあろうことか、電脳の高まりをおぼえていた。


「ッ……!?」


 守備隊のひとりであろうと思った。戦闘団とははぐれた、ただ一機の生還者。あるいは、生産されたばかりで運よくパッケージから脱出できた個体。

 ヒトビトはその存在に気づかない。せいぜいが30センチにも満たないロボトイである、より小さな破片が視界のはしで飛び散ったくらいの認識でしかない。

 生還者は死力を尽くした。

 以降はよろよろと、放射熱が深刻な影響をあたえないところまで離れると。

 立ち止まり。

 後続はなく。

 角ばった屈強な一機のほかには何も。唯一の生き残りである。

 前ぶれなく、彼の外骨格が解かれる。内蔵火薬による強制排除。

 全身の黒衣は変色したもの、内側は異なる配色であった。着脱可能な外装だったのだ。

 だが。

 中の姿が露わになるよりもはやく、燃えさかりながら倒れた。


「え……。ウソだろ、おい! 大丈夫か!」

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