プロトコル・フィーセヒ

ただのネコ

第1話 呪いの人形

「魔女に相談してみたら?」


 陽菜ひなが友達にそう言われたのは、短い2月がもう直ぐ終わる頃の事だった。

 大学のキャンパスに『魔女』の言葉はちょっと不似合い。でも、このハンブルクからもう少し南に行くと、魔女の饗宴ヴァルプルギス・ナハトが開かれていたというブロッケン山もある。

 そう考えると魔女の話が出るのもおかしくはないのか、と考えている間に友達は魔女のアポイントを取り付けてしまっていた。


「あなたがヒナ?」


 友達に言われたカフェでコーヒーを飲んでいると、そう声をかけられた。慌ててうなずくと、ブロンドの女性は手を差し出した。


「メルガよ。よろしく」


 薄茶の瞳がしっかりと陽菜の目を覗き込んでくる。ドイツでは当たり前の挨拶だけど、日本人の陽菜としてはまだちょっと気後れがある。


「メルガさんは魔女、なんですよね」

「ええ、黒いローブと三角帽子の方が良かった?」


 メルガの姿はジーンズにダウンのジャケット、ニットの帽子。陽菜自身もほぼ同じ格好だし、なんなら街中の半分ぐらいはそう。つまり、どこにでもいそうなドイツの若者の姿だ。魔女っぽくはない。


「ローブも持ってはいるのよ。ハンブルクの冬には寒すぎるけど」


 そう言ってケラケラ笑う姿は、陽菜と同年代の若者そのものだった。


「で、呪いの人形だって?」

「本当に人形のせいなのかは分かんないんですけど……」


 言い訳しながら、陽菜はサンタ姿のくるみ割り人形を取り出す。受け取ったメルガは高く白い鼻をひくつかせた。


「ちょっと臭うかな……そんなに悪いものじゃないと思うけど。どこで手に入れたの?」

「クリスマスのマーケットで。それから、週に一回ぐらい嫌な夢を見るんです。頭をクルミみたいに割られる夢」


 毎晩でもないから、最初は気のせいかとも思っていたのだ。でも5回を超えると流石におかしいと思う。


「魔女の魔法で解決できませんか?」

「リアルの魔女はアニメーションとは違うの」


 メルガはちょっと肩をすくめて、人形をテーブルの真ん中に置いてコーヒーを一口。


「普段なら手放した方がいいよって言うところだけど、ちょうどプロトコル・フィーセヒの時期だから。2週間ほどで返せるよ。もちろん呪い抜きで」


 プロトコル・フィーセヒが何なのかは分からないけど、呪いなしの人形が戻ってくるのはありがたい。じゃあお願いします、と陽菜が言おうとしたところで、メルガの方が口を開く。


「……ヒナは日本人ヤパーニッシュだよね?」


 自己紹介では言わなかったけど、隠すことでも無いので素直に認める。すると、メルガはちょっとためらいつつもこう告白してきた。


「師匠からは、プロトコル・フィーセヒは日本ヤーパンで300年の伝統を持つ人形浄化の儀式だと聞かされた。でも、どうもやり方がちょっとズレてる気がしてて」


 何だか妙な話になってきた。日本の儀式だって言われても、プロトコル・フィーセヒなんて聞いたこともない。オカルトな人たちには常識なのかもしれないけど、陽菜にそういう知識は無かった。


「私、日本人ですけど魔女とか巫女とかではないので……」

「師匠は、日本人の女性なら誰でも知ってるって言ってたんだけど……」


 すらりとした魔女がもじもじしてるのはちょっと可愛いけど、ドイツの魔女が日本の儀式をやって、しかもやり方があいまいとなると効果も怪しい。

 お断りしようかと腰を浮かせかけたら、先んじて手をつかまれた。


「お願い、相談に乗って! ここの支払いも込みでタダにするから!」


 タダの一言に、陽菜は思わずうなずいてしまっていた。留学生といっても、この円安のご時世。羽振りは決して良くないのだ。


「ケーキもつけていいですか?」

「一つだけね」


 商談成立。

 この後に思いもよらぬ奇祭を目にするとは知らず、陽菜はキルシュトルテとコーヒーのおかわりを頼んだ。

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