2-6.届かない声


悠斗と話さなくなって、どれくらい経ったんだろう。


授業中も、休み時間も、目の前にいるのに、悠斗とはずっと話していない。

まるで、そこに透明な壁ができてしまったみたいに。


だけど、私は知っている。

悠斗は、教室のどこにいても、誰と話していても、すぐに見つけられる。


「美羽? さっきからボーッとしてるけど、大丈夫?」


親友の篠宮彩華に、そっと肩を揺さぶられた。


「あ、うん……大丈夫。」


「ほんと~?」


彩華は、じっと私の目を覗き込む。


「……もしかしてさ、悠斗のこと見てた?」


「っ!?」


心臓が跳ね上がる。


「な、なに言ってるの!?」


「いやいや、だってさっきから視線がずっとそっちじゃん。」


「そ、そんなこと……ない……。」


「ふーん?」


彩華は、ニヤニヤと笑いながら視線を移した。


「美羽さ、悠斗と話したいんじゃないの?」


「……」


言葉が出ない。


話したい。


……話したいに決まってる。


でも、それができないから、こんなにも苦しい。


悠斗が、今どんな気持ちでいるのか分からない。

私のことを、どう思っているのかも分からない。


だから、怖くて話しかけられない。


「美羽ってさ、分かりやすいよね。」


「……なにが?」


「悠斗のこと、めちゃくちゃ好きなの、バレバレ。」


「~~~っ!!!」


耳まで真っ赤になったのが自分でも分かった。


「そ、そんなことっ……!」


「いやいや、好きでしょ? 自覚あるでしょ?」


「……」


言い返せなかった。


だって、それはもう、とっくに分かってることだから。



放課後。


私は、いつものように悠斗の後ろ姿を目で追っていた。


話しかけられない。


でも、目で追ってしまう。


「悠斗……。」


小さく呟いた声は、誰にも届かない。


このまま、悠斗との距離はずっとこのままなの?


もう、前みたいに笑い合えないの?


考えたくなくて、ぎゅっと拳を握る。


(話したい……。)


本当に、それだけなのに。


なのに、どうしてこんなに難しいんだろう。


悠斗の背中は、遠くて。


届かない声を、私はまた飲み込むしかなかった。


悠斗の背中を見つめるだけの自分に、心の中でため息をつく。


(こんなの、嫌だ……)


もう関わらないって決めたのに。

悠斗がいなくても平気なふりをして、佐伯くんと話すことでごまかして。

でも、それで何かが埋まるわけじゃなかった。


むしろ、悠斗がいないことで、こんなにも苦しくなるなんて思わなかった。


(ねえ、悠斗……)


たった一言でもいいから、また話したい。

また「バカだな」とか、「相変わらずだな」とか、そうやって笑ってくれたら。


それだけで、私は——。


「……あれ? 美羽?」


不意に、目の前で足を止める人がいた。


「佐伯くん……?」


「どうしたの? そんなところで立ち止まって。」


「え、あ……なんでもないよ。」


慌てて首を振る。


「そっか。じゃあさ、少しだけ付き合ってくれない?」


「え?」


「この前話したカフェ、寄ってみようかなって思って。」


「……うん。」


流されるように、私は佐伯くんの隣を歩き始める。


(これでいいんだよね……?)


悠斗がいない時間を埋めるように、私は違う人と話して。


それで、気づかないふりをして。


(……でも。)


足を止めたくなる衝動を、ぐっとこらえた。


「美羽?」


佐伯くんが、不思議そうに私を見る。


「ううん、なんでもない。」


私は、ぎゅっと手を握りしめた。


(……悠斗の声が聞きたいよ。)


でも、もう届かないんだろうか。


そう思うと、ますます胸が苦しくなった。


今日も、私は何も言えないまま、悠斗の背中を見送ることしかできなかった。

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