食を通した形式と習わし文化

雪乃兎姫

第1話

『ひなまつり』……と聞くと、日本人誰もがまず思い浮かべるものといえば、3月3日のことだろう。人にもよるだろうが、『女の子の日』や『お雛様の日』と口にすることが多いはずだ。


 しかし、昨今における世間一般では、そうしたしきたりや古き風習などは、もはや過去のものでしかなく、礼儀正しくも数十万円する雛人形を買う家庭はほとんどないことだろう。名のある家柄や財力ある家庭、公務員などの安定した職を有する家庭、いわゆる世間体を気にする世帯である。そうした家々では、未だに3月3日には雛人形を飾り、桃の節句の食べ物などを食し家族で子や孫娘の成長を願い祝う。


 尤も、『祭り』とあるので、元々は祭祀さいしのことであり、貴族や王族が主たる習わしとして祝い、そして婚礼の議を模した催し物。それがやがては庶民の祭りとなり、そして現代社会においては形式的にも衰退の一途としている。


 だがしかし、コンビニやスーパーの店先を覗けば、いまなおイベント事として『雛あられ』や『チラシ寿司』などが商品棚で売られ、もはや形式だけを通り越し、名ばかりの食用イベントと化している。これは効率化や節約志向も手伝い、上辺だけの祭り感を味わう娯楽の一種でもある。


 庶民への普及、一般化とは得てしてそうしたものが多く存在する。元々縁日の祭りや花火大会なども、本来であれば五穀豊穣ごこくほうじょうを願い、また翌年の無病息災や家内安全を願うものだったはずだ。それがいつしか、祭り自体が主たるものとなり、出店の食べ物や遊びに興じるだけで、誰も彼もが農業や穀物類、あるいは飢えや飢饉の心配などして神社や花火大会に訪れている人は皆無であろう。それもある種の形であり、庶民においては食を通じた風習や習わしを存続するしか道はないのかもしれない。


 また最近では雛祭りのケーキなどを売り出すケーキ屋、小手毬サイズの様々なネタを乗せた生寿司など、やはり食を通した商品開発が目新しく、商売としても手堅いのだろう。


 雛祭りだけに限らず、時代と共に常識や風習などの形は移り変わり、その名前だけでも受け継がれてゆくことだろう。人々が本来の目的や形式を忘れ去っても、食を通じた催しは未来永劫存続していくことだろう。

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食を通した形式と習わし文化 雪乃兎姫 @scarlet2200

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