うれしい ひなまつり

惟風

新訳

「あかりをつけましょ ぼんぼりに おはなを……貴様にくれてやるのはこいつだ! ファイヤーフラワーアタック!」


 男雛おびな・シャークだ。

 それはびな・シャークの夫で、雛人形のように仲睦まじい夫婦めおと鮫の片割れだ。


 男雛・シャークは立て続けに複数の火球を吐き出した。火の玉は巨大な百合のような形をとり、女雛・シャークを殺したサメハンターを呑みこもうとする。

 だが、サメハンターは黒炎の剣でそれを一掃してみせる。花粉のような火の粉が辺りを刹那に照らして散り消えた。


「お前もすぐに地獄のつがいの元へ送ってやるぜ」


 サメハンターは不敵に笑う。


 その戦いのあまりの激しさから、後に「火魚ひなまつり」と語り継がれる化け物鮫とサメハンターの死闘の火蓋が——




「二歳児の寝かしつけに読むにしてはちょっと物騒すぎない?」


 僕は妻の夏希に声をかけた。その隣で瑞稀がちょこんと絵本を覗き込んでいる。瞳をぱちぱちと瞬かせて、まだあまり眠くはなさそうだ。


「先生が、古典名作をリメイクした絵本シリーズが保育園ですごい流行ってるって教えてくれてさー。特に人気なのがコレで、コレ読まないと寝ないって子も多いって」


 妻はページを捲りながらのんびりと答える。

 寝入るどころか興奮して目が冴えてしまいそうだが。古典のリメイク……? サメが出てくる話、因幡の白兎くらいしか思いつかない。こんな話だったかなあ。


「子供って刺激の強いもの好きだったりするじゃん。でも大人ほど内容を理解してなくて、派手な表現を楽しんでるだけ、みたいな。ワーッてバトルで盛り上がって、あー面白かった! ってなってスッキリ眠れるのかもよ」


 夏希がくすくす笑う。垂れ目がちの目尻が一層下がる。


「本当かなあ。まあ、モノは試しか」


 と、夏希は絵本をぱたりと閉じて表紙を眺め呟いた。


「んー、でも瑞稀にはさすがにまだ早かった気もしてきた。難しい言い回し多いし」


 熱心にママの手元を見つめていた瑞稀が、不満そうに顔を上げる。本人は結構気に入っていたらしい。


「別の絵本出してこようか?」


「うん。ねー瑞稀。もうちょっと大きくなってからこの『』読んであげ」


「さすがに同題異話だよね?」


 僕の疑問はぐずり出した瑞稀の声によって掻き消された。


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