運命の恋愛スイッチ —— 目覚めよ、私の本当の魅力

ソコニ

第1話 運命の出会い

「はぁ...また今日も終電か」


三十二歳のOL、佐藤美咲は深夜の駅のホームで溜息をついた。六本木の高層ビル群を見上げながら、疲れた体を支える足元がふらつく。残業続きの日々に、心も体も擦り切れていた。


美咲の勤める広告代理店「クリエイトフォース」では、彼女はただの平凡な存在だった。企画書の修正や会議の準備など、縁の下の力持ち的な仕事を黙々とこなす日々。同期の多くはすでに結婚し、SNSには幸せそうな家族写真が並ぶ。


「私の三十代は、このままなのかな...」


駅のベンチに座り、美咲はスマホに映る自分の顔を見つめた。化粧が崩れ、目の下にはクマができている。最後に美容院に行ったのはいつだったか。最後にデートしたのは...思い出せないほど前だった。


ふと視界に入ったのは、駅前の小道にある古びた宝石店。「運命の輝き」という看板が、薄暗い街灯に照らされて妙に目を引いた。


「こんな時間に開いてるなんて...」


足が勝手に動いて、美咲は店の前に立っていた。ドアを開けると、小さな鈴の音が静かな店内に響いた。


「いらっしゃい、お嬢さん」


声の主は、白髪の老婆だった。笑いジワの刻まれた顔で、美咲を見つめている。


「あら、あなたは...運命に導かれてきたのね」


美咲は困惑した。「え?私が?」


老婆は微笑み、カウンターの下から小さな宝石箱を取り出した。「これを待っていたのは、あなただったのよ」


箱を開けると、そこには一つのペンダントが。シルバーのチェーンに、淡いピンク色の宝石がセットされていた。宝石は内側から柔らかな光を放っているように見えた。


「これは...何ですか?」


「運命の恋愛スイッチよ。持ち主の眠れる魅力を引き出す不思議なペンダント。でも、効果は一時的...本当の自分を見つけるまでの、ほんの少しの間だけよ」


美咲は半信半疑だったが、なぜか心惹かれるものを感じた。


「いくらですか?」


老婆は首を振った。「お金はいらないわ。これはあなたのために長い間待っていたもの。ただ約束して。このペンダントが教えてくれる本当の幸せを、見逃さないでね」


信じられない話だったが、美咲はペンダントを受け取った。手のひらに乗せると、宝石が一瞬強く輝いたような気がした。


「ありがとうございます...」


店を出た美咲は、不思議な高揚感を覚えながらペンダントを首にかけた。その瞬間、微かな風が吹き、彼女の髪が舞い上がった。


「明日から、何か変わるのかな...」


美咲はそう呟いて、帰路についた。彼女の知らないところで、ペンダントが淡く光を放っていた。


---


翌朝、美咲は目覚めると不思議なほど体が軽く感じた。鏡を見ると、目の下のクマが消え、肌には艶がある。


「なんだか...いつもと違う?」


いつもよりも早く起きてしまったので、念入りにメイクをし、久しぶりにアイロンをかけた服を選んだ。首元には昨夜のペンダントが輝いている。


「気のせいかもしれないけど、なんだか今日はいい日になりそう」


いつもの電車に乗ると、普段は誰も気にしない美咲に、今日は視線が集まる。若い男性が席を譲ってくれたり、隣に立った男性が何度も話しかけてきたり。


「あの、お時間ありましたら、ぜひお茶でも...」


会社に着くと、さらに驚くことが起きた。


「おはよう、佐藤さん!今日はなんかキレイだね!」


普段は美咲のことなど見向きもしない営業部の吉田が、満面の笑みで挨拶してきた。


「え?あ、ありがとう...」


デスクに向かおうとする美咲の前に、一人の男性が立ちはだかった。


「佐藤さん、企画書のことで相談があるんだけど、今日ランチ一緒にどう?」


声の主は、美咲が密かに思いを寄せていた上司の高橋課長だった。普段は美咲の存在すら気づいていない人だ。


「え、はい...喜んで」


一日中、美咲の周りには人が絶えなかった。女性社員からも「その髪型可愛いね」「そのペンダント素敵!」と声をかけられ、男性社員は書類を運ぶ彼女に殺到して手伝いを申し出た。


ランチタイム、高橋課長と社員食堂に座った美咲は、不思議な現象に戸惑っていた。


「佐藤さん、実は前から思ってたんだけど、君はすごく魅力的だよ」


「え?」


高橋課長は真剣な表情で続けた。「今日の君を見て、もう我慢できなくなった。実は...」


その時、美咲のスマホが鳴った。着信画面には「七瀬拓也」の名前。


美咲の胸が高鳴った。拓也は高校時代の同級生で、美咲の初恋の相手。三年前、美咲が勇気を出して告白した時、「友達のままでいよう」と言われた相手だ。それ以来、連絡は途絶えていた。


「ごめんなさい、ちょっと出ます」


美咲は電話に出た。


「もしもし、拓也くん?」


「美咲、久しぶり!実は今、君の会社の近くにいるんだ。今日、仕事終わりに時間ある?どうしても会いたくて...」


美咲は混乱していた。昨日まで誰からも振り向かれなかった自分が、突然モテ始めている。そして、かつて振られた相手からの突然の連絡。


ペンダントが胸元で暖かく光っているのを感じた美咲は、昨夜の老婆の言葉を思い出した。


「運命の恋愛スイッチ...本当だったの?」


美咲の突然のモテ期は、こうして始まった。運命の歯車は回り始め、彼女の人生は予想もしない方向へと動き出していた。

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